2066 X'mas ティータイムのあとは

「お前はナイフとフォークを綺麗に捌くが、パンとスコーンは手を使うんだぞ」

「……はい」

パンはキリストの体、スコーンは国王が座る玉座の下に置いてある石だ。どちらもナイフを入れるにはふさわしくない―――と解説しながら、綺麗な指がスコーンの真ん中の小さな割れ目から、凹凸をつけて上下に分ける。

「こうすればクロテッドクリームも載せやすいだろう」

「ええ、美味しそうです、とても」

意外とクリーム山盛り載せるんだな……あっ、爪の先についたのは、むしろそのまま舐めさせてほしい。
だめだ、鼻息が荒くなる。
“青木、ア~ン” とかしてくれたらもう、薪ごと全部食べつくしてしまえる自信が、今の青木にはある。



「ところで、この間はありがとう」

「……え、っと……この間……とは?」

「捜査の応援だ。皆をよく助けてくれたし “その後の立ち回り”には正直僕も驚いてる」

“その後”? “立ち回り”?え、俺何かしたっけ?
含みのある薪の言葉に、青木は激しい胸騒ぎを覚えた。

対する薪は上品な刺繍のティーコジーをはずし、澄ました顔で香り高い紅茶を注ぎ足している。
その優雅な仕草を見守る青木の顔は、さっきまでのデレっぷりはどこへやら、別人のようにぎこちなく固まっている。

薪が飲むのはクォリティシーズンのディンブラ。
今の時期しか味わえない爽快な渋み、高貴な香り……薪好みの味を嗜みたくて青木も同じのを選んだ。
あわよくばこの出来のいい紅茶の華やかな香りが、不穏な会話も洗い流してくれるといい。

ほら、カップを摘まんで口元に運ぶ薪の唇の端が一瞬上がった。
不機嫌ではないのだ。が、かといって追及をやめる薪でもない。

「大先輩を買収し、年末のクソ忙しい上司の予定を無理矢理に遠隔操作。その政治力を褒めたんだが」

「ええっ買収なんて、俺は……」

「次の出張の際に岡部にフグを食わせるそうじゃないか。それが買収じゃなければ何なんだ?」

「っ、いえ……」

そこまでご存じとは、もうぐうの音もでない。
あの口の固い岡部さんを吐かせるなんて、とんでもなく粘着質か意地の悪い訊問で薪に苛め抜かれたであろう大先輩の不遇を思うと、青木はいたたまれない気持ちになる。

でもここで、部下いじりに折れてはいけない。
幽体離脱して状況を客観視すべきだ。

何はともあれ美しい上司は今自分の目の前で、ご機嫌麗しくアフタヌーンティーを嗜んでいる。
それは揺るぎない事実だ。
つまりこのまま勇気をもって、自分の気持ちを貫いても、方向を誤ることはないはず―――

「大切な人との “特別な時間” を確保するためです。フグなんて安いものですよ」

青木思い切って本音を返した。
すると薪は苦笑まじりに目を伏せ、ティーカップに綺麗な指を伸ばした。

「ふ~ん、特別、な」

青木の一途な視線を心地よく受け止めながら、薪はスタンドの頂きを彩る宝石みたいなペストリーをゆっくりと眺め、返ってきた言葉を噛み締めるように繰り返す。
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