2066 X'mas ティータイムのあとは

さっき薪が立ち寄ったテナントのあるホテルのアトリウムラウンジ。
吹き抜けの開放感と絞った照明。調度品や壁や床の重厚感、そしてどこからともなくきこえる水のせせらぎが非日常的な空間を醸し出す、ここが今日の“約束”の場所だった。

「来てくださってありがとうございます」

テーブルを隔てた向かい側に姿勢よく座る大男が、ホテルマンよりも恭しく薪に一礼する。

「なるほど、アフタヌーンティーとは考えたな。早い時間にここで僕とクリスマスを祝えば、お前は福岡に戻って舞のサンタの仕事もこなせるわけだ」

岡部の前ではすっとぼけまくっていた割に、いざ青木とテーブルを隔てて対峙する薪は、ずいぶんと余裕のある優美な表情を浮かべている。

「帰りの便は押さえてあるのか?」

「ええ、まあ」

「…………アラームでもつけとけ。遅れたら一大事だぞ」

紅茶のリストを受け取り、シャンパングラスに注がれた爽やかなグリーンゴールドに一瞬目を奪われた薪は、またメニューに視線を戻してぼそりと呟く。

「いえ、あの薪さん。お言葉ですが……」

寛いだラウンジの空気に、大真面目な青木の声が響いた。

「これはクリスマスデートなんですよ。今日俺は仕事を休んで、貴方とデートしに、ここへ来てるんですからね。帰りの便なんかよりちゃんとデートに集中……あツッ!」

「いい歳の男がデートデート煩いな。ただでさえデカいんだから声くらい小さくしろ」

テーブルの下で相手の脛に鋭い蹴りを入れつつ、薪は張り切った大男のいでたちをさりげなくチェックする。
渋い色のハーフタートルに黒のジャケットのスマートなカジュアル。
いつもキチンとしている青木の服装は元々薪の好みだが、髪型を少し崩した休日感のあるスタイルも新鮮で好ましく映る。
休暇なんて形だけで、ここに来るまでに第八管区の仕事を、薪の望む水準まで進めてきたことも全部含めて。

「メリークリスマス、薪さん」

「え……ああ、おめでとう」

シャンパングラスを合わせ、口当たりのいいアップルの甘さに薪は目を見開いた。
そして、今日初めての食事かもしれないセイボリーの皿に手を伸ばし、ホワイトチキンのサンドイッチを口にすると……人参のラペとパンドミに練り込まれたクランベリーの酸っぱさが何ともいえずマッチして、薪は思わず続けてほおばる。


え、なんだ、今の……?

プレートに伸ばそうとした手を止めた青木の視線が、薪に釘付けになっている。

サンドイッチを味わう薪の、可愛らしい小動物みたいな表情。
それは青木にとって初めて見る薪の “おいしさ” の表現にちがいなかった。

「あっ薪さん、俺のサンドイッチも食べますか?」

「…………いいのか?じゃあ代わりに僕のガトーをお前が食べろ」

「…………!!」

の、乗ってきた!?それどころか二つ目のサンドイッチに手を伸ばし「Cucumber じゃなくてもいけるんだな」と独り言をいいながら可愛い顔でもぐもぐしてるのだから堪らない。

……あ、いや待てよ。
サンドイッチはやはり自分で食べて、舌で記憶しておくべきだったか。そしたら俺がその味を再現するたび薪さんの可愛らしい顔が見れて……いやいやそんな先のことはいい。
今のこの幸せを思い切り味わうべきだ、それほどまでに、今のこの方のお可愛らしさは尊い!!
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