きもちいいこと

「僕の寝場所はどこだ、と訊いたんたが?」

「はい、こちらです、薪さん」

「ふざけるな!他にも部屋はたくさん……」

「離れちゃ意味がないでしょう」

 青木に抱きしめられながら、青木の匂いの充満するベッドに倒れ込む。それも青木の腕と体温に大事に包まれながら……くそっ。
 この無防備な大型生物を取って喰いたい情欲に塗れ、気が狂いそうだ。

「あまりに……無防備だろ……」

 わかってる。ナニをするわけでもないことは。
 コイツの身体は僕を保護するためにはよく動くが、僕を侵略しようとは露ほども思わないのだ。
 
「無防備で、よくないですか?」

 僕の隣に寄り添うように、こっちを向いて寝そべって、青木は慈しみたっぷりの目を向けてくる。

「お互いに危害を加える相手じゃないことは、長年のお付き合いでわかっているでしょう?」

 また温かい腕の中に引き寄せられ、頭髪に埋められた鼻先が、僕を思い切り吸い込む。
 いつもと違うシャンプーの匂い……青木家の香りになってる僕を、嗅覚で満喫するかのように。
 
 有り余るほどの好意が向けられているのはわかる。が、何周回ったって僕の言う“危害”はコイツの思う“危害”と噛み合うことはないだろう。

 髪を撫でられ悶々とする僕は、思わず青木の身体に脚を絡ませる。と――

「すみません!やっぱ俺、フロっ……」

 太腿にナニか固いのが当たったと思った瞬間、青木が飛び退いた。

「なぜ今、風呂なんだ?お前今、僕を寝かしつけようとしてたんだろ」

 青木のズボンの裾を掴んだ僕は意地悪を言う。
 青木が困っている“この状況”で、ズボンを残して逃げることが極めて不可能だと知りながら。
 無意識だが口の端がニヤリと歪んで上がった僕の顔に「ひぃぃ……ゆるしてください」と、青木が新人時代のように恐れおののいている。

「人間社会に普く核家族とは」

「……は、ハイ?」

「性的機能、生殖的機能、経済的機能、教育的機能を有する……二つ目は配偶者の年齢や性質により無くてもアリだが、四つのうち半分が欠けていて、はたして僕たちは“家族”と言えるのか」

 鍛えられたせいか?青木は僕に追い詰められても意外と強かった。

「でもそれは、機能の話ですよね?」

「……」

「たとえ機能が半分でも、愛がありますので」

「アイ……」

 ベッドの上で尻餅状態の青木の上に伸し掛からんばかりだった僕は、がっくりと項垂れて、ズボンから手を離した。

「笑わせるな。じゃあ答えろ。そのご立派な愛にコレ・・は含まれるのか」

「ぅぉああっ!!」

 ズボンから手が離れてホッとした青木が、矢継ぎ早に襲い来る災難に顔面蒼白になって、僕が掴んだ手の上から自分の股間を押さえる。

「やめてください。舞が起きるし、その……」

 青木の手と熱くて硬いソコの間に自分の手を挟まれた僕の身体が、芯からズクンと疼いた。
その状態で「あなたに……触れられたら、俺、即暴発です……」だなんて、俯いた青木が死にそうな声で言うのだから。

「そっと、手を離してください。そっとですよ」

 あまりの切羽詰まった様子に気の毒になった僕は、言われた通りにそっと手を離してやる。

「なぜ逝くのを嫌がる?僕だから?」

「違う!」

 青木が急に敬語を忘れて叫ぶから、上昇する僕の肌の温度がさらに高まる。

「むしろあなたとだから……こんなカタチでは嫌なんです」

「……じゃあ……どんなカタチならいい?」

 僕の体内とか口内に入るカタチならいいのか?なんて冗談めかして訊ける雰囲気でもない。
 “相手が僕なのが嫌なのではない”という明確で強い意思表示が胸に響いて、僕自身、動揺もしていた。

「すみません。ちょっと……落ち着かせてください」

 青木は今度は真顔で赤くなり、上目遣いで迫る僕から体ごと顔を逸らした。
 そして口元を押さえながらふらふらとベッドを降りて、部屋を出て行く。

 不躾で下品なパワハラかつセクハラを容赦なくなくくらわせたせいで、青木を少し怒らせてしまったのかもしれないが、僕は僕で全身が熱く震えて、追いかけることができなかった。
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