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あれ?朝、いや、もう昼?
俺ここに何泊してるんだっけ。
這うように身体を移動させ、サイドボードの時計と日付を見る。
過ごしたのは一晩。でももう時間は昼前だ。
隣に薪の姿はないが、バスルームの方で音がするから、置き去りにされたわけではなさそうだ。
自力で動けている薪の身体のダメージは甚大ではなさそうだが、無理のきく性質上、実のところはわからない。
昨晩に続き明け方も……誘ってきたのは向こうだとしても、火がついて激しくサカってしまったのはこっちだ。
様子が気になり、ローブと眼鏡を手にとって覗きにいくと、スラックスに上半身裸でドライヤーを当てている薪と、洗面室で鉢合わせる。
「起きたのか」
「あ、は、ハイ……」
眩しい上半身が今は目の毒で、咄嗟に後ろを向く大男を意に介さず、薪はさっさと支度を進める。
「僕はこれから行くところがあるが、お前は好きな時間に出るといい。急いで帰国する必要がなければ、チェックアウトは明日10時まで……」
「えっ、また今夜も……いいんですか!?」
顔を輝かせて振り向く青木と目が合い一瞬言葉を呑んだ薪だが、すぐにしかめっ面になってそっぽを向く。
「バカ、泊まるのはお前一人でだ」
赤くなっている青木に負けじと、薪の顔が紅潮しているのは、顔を背けていてもわかった。
「全く……調子に乗るんじゃない!僕がこの部屋を発ったら昨夜のことは完全に終わりだからな。全て元通りだぞ!わかったな!」
「はい……わかってます」
シャツとスラックスを身に着けた薪の身体を、不意に背後から青木の腕が包み込んで引き寄せた。
「でももし、同じような実験をしたくなったら、俺を呼んでくださいね」
薪は目を閉じ、大きなため息を吐いた。
「……何だ、一人前に独占欲か?」
「そうかもしれません。本当にあなたと愛しあう相手が他にできれば別ですが、そうじゃない輩には、あなたに指一本触れさせたくありません」
「…………」
「その位は……願ってもバチは当たらないですよね?」
「…………」
胸が苦しくなって押し黙る。薪から返事がないのも仕方ない。答え難いことを訊ねているのは百も承知だった。
また何気なく薪が腹部に手を当てているのに気づいた青木は、その手を包むように両手を置いた。
「すみません。出過ぎたことを言いました。俺、優しくできなかったので……とにかく、お体を大事にしてください」
薪はその言葉とぬくもりに心身を委ねるように力を抜いた。
何も説明せず勝手ばかり押しつける僕を、どうしてお前はそこまで労り慈しむ?
頭の上で大きなため息が聞こえた。
「近くにいれば、あなたを守れるのに……」
「もういい、わかった」
薪は青木の腕をすり抜け背後に回り込み、洗面室のドアに手を掛けた。
「お前が煩いから、男なんてもう懲りた。金輪際男と関係をもつことなんてないから、くだらないヤキモチを妬くのはやめろ」
そう言い捨てた薪は、ノブを引き薄くドアを開けた手を、思い直してまた止める。
そして声を上擦らせながらも、はっきりと言い放った。
「実験も……もうしない。これが最後だ」
出任せの話をしてるんじゃない。本当の“実験”の話だ。
実っても途切れても……最初で最後のこの“望み”に懸けるつもりだった。
「はい。そうした方がいいと思います」
ガッカリされるかと思いきや、青木は落ち着いて、大真面目な顔をして薪の背中に告白した。
「無かったことにする前に、ひとこと言わせて下さい。昨夜のことは実験なんかじゃなく、俺はあなたを本気で愛しました。お身体に負担をかけたままお別れするのがとても気懸かりなので、とにかくご自愛なさってください。それだけはお願いします」
俺ここに何泊してるんだっけ。
這うように身体を移動させ、サイドボードの時計と日付を見る。
過ごしたのは一晩。でももう時間は昼前だ。
隣に薪の姿はないが、バスルームの方で音がするから、置き去りにされたわけではなさそうだ。
自力で動けている薪の身体のダメージは甚大ではなさそうだが、無理のきく性質上、実のところはわからない。
昨晩に続き明け方も……誘ってきたのは向こうだとしても、火がついて激しくサカってしまったのはこっちだ。
様子が気になり、ローブと眼鏡を手にとって覗きにいくと、スラックスに上半身裸でドライヤーを当てている薪と、洗面室で鉢合わせる。
「起きたのか」
「あ、は、ハイ……」
眩しい上半身が今は目の毒で、咄嗟に後ろを向く大男を意に介さず、薪はさっさと支度を進める。
「僕はこれから行くところがあるが、お前は好きな時間に出るといい。急いで帰国する必要がなければ、チェックアウトは明日10時まで……」
「えっ、また今夜も……いいんですか!?」
顔を輝かせて振り向く青木と目が合い一瞬言葉を呑んだ薪だが、すぐにしかめっ面になってそっぽを向く。
「バカ、泊まるのはお前一人でだ」
赤くなっている青木に負けじと、薪の顔が紅潮しているのは、顔を背けていてもわかった。
「全く……調子に乗るんじゃない!僕がこの部屋を発ったら昨夜のことは完全に終わりだからな。全て元通りだぞ!わかったな!」
「はい……わかってます」
シャツとスラックスを身に着けた薪の身体を、不意に背後から青木の腕が包み込んで引き寄せた。
「でももし、同じような実験をしたくなったら、俺を呼んでくださいね」
薪は目を閉じ、大きなため息を吐いた。
「……何だ、一人前に独占欲か?」
「そうかもしれません。本当にあなたと愛しあう相手が他にできれば別ですが、そうじゃない輩には、あなたに指一本触れさせたくありません」
「…………」
「その位は……願ってもバチは当たらないですよね?」
「…………」
胸が苦しくなって押し黙る。薪から返事がないのも仕方ない。答え難いことを訊ねているのは百も承知だった。
また何気なく薪が腹部に手を当てているのに気づいた青木は、その手を包むように両手を置いた。
「すみません。出過ぎたことを言いました。俺、優しくできなかったので……とにかく、お体を大事にしてください」
薪はその言葉とぬくもりに心身を委ねるように力を抜いた。
何も説明せず勝手ばかり押しつける僕を、どうしてお前はそこまで労り慈しむ?
頭の上で大きなため息が聞こえた。
「近くにいれば、あなたを守れるのに……」
「もういい、わかった」
薪は青木の腕をすり抜け背後に回り込み、洗面室のドアに手を掛けた。
「お前が煩いから、男なんてもう懲りた。金輪際男と関係をもつことなんてないから、くだらないヤキモチを妬くのはやめろ」
そう言い捨てた薪は、ノブを引き薄くドアを開けた手を、思い直してまた止める。
そして声を上擦らせながらも、はっきりと言い放った。
「実験も……もうしない。これが最後だ」
出任せの話をしてるんじゃない。本当の“実験”の話だ。
実っても途切れても……最初で最後のこの“望み”に懸けるつもりだった。
「はい。そうした方がいいと思います」
ガッカリされるかと思いきや、青木は落ち着いて、大真面目な顔をして薪の背中に告白した。
「無かったことにする前に、ひとこと言わせて下さい。昨夜のことは実験なんかじゃなく、俺はあなたを本気で愛しました。お身体に負担をかけたままお別れするのがとても気懸かりなので、とにかくご自愛なさってください。それだけはお願いします」