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「早いな、もう上がってたのか」
風呂上がりの薪が、広いベッドの隅を占める大きな膨らみに近づくと、青木が背を丸め横たわっているのがわかる。
「……すみません。少し具合が悪いので先に休ませていただいてます……」
薪といるときはいつも元気に尻尾をブンブン振っている大型犬の声が、珍しくしおらしい。
「どうした?長旅の疲れでも出たのか」
薪もベッドに上り、青木の背中にそっと寄り添うように凭れながら訊く。
「いえ、それは……むしろ逆で……」
「……逆?」
疲れる、の逆は、元気……もしくは漲る、ってことなのか?
心配げに翳っていた薪の表情は一転、ニヤリと悪戯っぽくなり、布団の端を持ちあげて青木の隣に滑り込む。
「ちょ……待っ……わっっ!!」
ドサッ。
と、ベッドに一人残された薪の向こうの床で、重みのある鈍い音が響く。
「おい、そんなに嫌わなくてもいいだろ」
「いえ、そうじゃないんです……ただ、あなたの安眠のためには、俺と少し距離を置かれた方が良いかと……」
「何故?」
意地く突っ込む悪嫌な上司だと思われてるかもしれないが、それも今さらだ。
落ちた床に強打した腰を擦りながら起きてきてベッドの縁に浅く腰掛ける青木の背中を、薪はもどかしげに凝視する。
「……あの、薪さん……もしかして……」
物凄く長く感じる沈黙の後で、神妙な顔をした青木がゆっくりとこっちに振り返る。
「さっきのあなたの質問って、まさか……そういう ことだったんでしょうか?」
「さっき?」
視線が合った薪は目を丸くして訊き返す。
「それはいつのことだ?」
第九での濃密な二年間で、青木も薪のことを少しは知れたのだと思う。だって、今この人がとぼけているのをひと目で見抜けてしまうから。
「風呂に入る前です……」
ため息をつきながら答えた青木は、上体を起こして顔を近づけてくる薪の頬を両手で包んだ。
そこからはまるで自然だった。
あどけない顔で目をぱちくりさせていた薪の、長い睫毛の瞼が綺麗に降りるのにつられて、青木も目を閉じながら顔を近づける。
その先に躊躇いは1ミリもない。
求め合うように、二人の唇が重なったのだ。
「……ん……ふ……」
撫で合う唇の間から漏れる艶めかしい吐息に、全身の血流が一気に沸き立つ。
触れた時、薪の柔らかな唇を冷んやりと感じたのに、口内で絡む舌は同じくらいの熱を帯び甘く溶け合う。
「……続き、できるか?」
濡れた唇を離した薪が、蕩けた声で訊く。
「できます……が……どういう意図で?」
もうすでに溺れかけてるくせに、妙に畏まって青木が訊き返す。
相手が大切だからこそ、確かめずにはいられないのだ。
「はあ?欲求に理由が要るのか?じゃあお前は、何故寝て、なぜ食べる?」
キレ気味に返す薪を諫めるように、向き合ってベッドの上に正座した青木が両肩に手を置く。
「性欲は違います。相手が誰でも満たせる訳じゃないでしょう?」
薪は目を合わせずに俯いた。
“めんどくさいやつだ” と、ボソリと呟く低い声が聞こえた気がして、青木は眉をひそめる。
「……え? 今何て仰いました?」
薪の機嫌を損ねるのも怖いけれど、イキオイだけで薪の身体を傷つけるだけの情事に至るのは、もっと怖かった。
「……仕方ない。本当のことを言おう」
青木は相手の気持ちを確かめずして、これ以上先に進む気はないのだろう。
でも、引っかかるのがそこ だけなことにむしろ驚いている。同性同士であることを平気で飛び越え前のめりになっている若い部下の肉体を、今すぐ咥え込みたい欲望に駆られながら、薪は尤もらしい口調で宣う。
「これは、実験なんだ」
「…………はあ」
訳が分からない様子で、切実な若者は迫り上がる欲望と戦いながら困ったように首を傾げた。
風呂上がりの薪が、広いベッドの隅を占める大きな膨らみに近づくと、青木が背を丸め横たわっているのがわかる。
「……すみません。少し具合が悪いので先に休ませていただいてます……」
薪といるときはいつも元気に尻尾をブンブン振っている大型犬の声が、珍しくしおらしい。
「どうした?長旅の疲れでも出たのか」
薪もベッドに上り、青木の背中にそっと寄り添うように凭れながら訊く。
「いえ、それは……むしろ逆で……」
「……逆?」
疲れる、の逆は、元気……もしくは漲る、ってことなのか?
心配げに翳っていた薪の表情は一転、ニヤリと悪戯っぽくなり、布団の端を持ちあげて青木の隣に滑り込む。
「ちょ……待っ……わっっ!!」
ドサッ。
と、ベッドに一人残された薪の向こうの床で、重みのある鈍い音が響く。
「おい、そんなに嫌わなくてもいいだろ」
「いえ、そうじゃないんです……ただ、あなたの安眠のためには、俺と少し距離を置かれた方が良いかと……」
「何故?」
意地く突っ込む悪嫌な上司だと思われてるかもしれないが、それも今さらだ。
落ちた床に強打した腰を擦りながら起きてきてベッドの縁に浅く腰掛ける青木の背中を、薪はもどかしげに凝視する。
「……あの、薪さん……もしかして……」
物凄く長く感じる沈黙の後で、神妙な顔をした青木がゆっくりとこっちに振り返る。
「さっきのあなたの質問って、まさか……
「さっき?」
視線が合った薪は目を丸くして訊き返す。
「それはいつのことだ?」
第九での濃密な二年間で、青木も薪のことを少しは知れたのだと思う。だって、今この人がとぼけているのをひと目で見抜けてしまうから。
「風呂に入る前です……」
ため息をつきながら答えた青木は、上体を起こして顔を近づけてくる薪の頬を両手で包んだ。
そこからはまるで自然だった。
あどけない顔で目をぱちくりさせていた薪の、長い睫毛の瞼が綺麗に降りるのにつられて、青木も目を閉じながら顔を近づける。
その先に躊躇いは1ミリもない。
求め合うように、二人の唇が重なったのだ。
「……ん……ふ……」
撫で合う唇の間から漏れる艶めかしい吐息に、全身の血流が一気に沸き立つ。
触れた時、薪の柔らかな唇を冷んやりと感じたのに、口内で絡む舌は同じくらいの熱を帯び甘く溶け合う。
「……続き、できるか?」
濡れた唇を離した薪が、蕩けた声で訊く。
「できます……が……どういう意図で?」
もうすでに溺れかけてるくせに、妙に畏まって青木が訊き返す。
相手が大切だからこそ、確かめずにはいられないのだ。
「はあ?欲求に理由が要るのか?じゃあお前は、何故寝て、なぜ食べる?」
キレ気味に返す薪を諫めるように、向き合ってベッドの上に正座した青木が両肩に手を置く。
「性欲は違います。相手が誰でも満たせる訳じゃないでしょう?」
薪は目を合わせずに俯いた。
“めんどくさいやつだ” と、ボソリと呟く低い声が聞こえた気がして、青木は眉をひそめる。
「……え? 今何て仰いました?」
薪の機嫌を損ねるのも怖いけれど、イキオイだけで薪の身体を傷つけるだけの情事に至るのは、もっと怖かった。
「……仕方ない。本当のことを言おう」
青木は相手の気持ちを確かめずして、これ以上先に進む気はないのだろう。
でも、引っかかるのが
「これは、実験なんだ」
「…………はあ」
訳が分からない様子で、切実な若者は迫り上がる欲望と戦いながら困ったように首を傾げた。