☆希望という名の
「ない……こともない」
急に鎧を解いたような薪の頼りない顔つきに、青木の鼓動が熱く跳ねる。
披露宴が終わったフロアのロビーの隅は、柱の陰でちょうど人目に触れない死角になっていた。
幼子みたいに純粋な上目遣いに魅入られる青木の元へ近づいてきた薪は、高鳴る胸板に額をこつんと押し当てて、そっと背中に手を回した。
ダメだ。可愛い。可愛すぎる。
「あの……まきさん……」
躊躇いつつ閉じ込めるように包み込む青木の両腕。
その中に埋もれながら、薪は望みを口にする。
「……言ってくれ。もう一度」
「え?」
「あの晩、お前が僕に……くれた言葉……」
えっ?協力……ってそんな簡単なことでいいのか?っていうか、またはぐらかされているだけなんじゃないのか俺は……
戸惑いながらも、青木は応える言葉を探す。
「お大事に……じゃなく? あなたを……愛してます、ですか?」
二つ目の言葉を発した瞬間、背中を掴む手にギュッと力がこもるから、しっかりと抱きしめ直して改めて耳元で伝える。
「薪さん、愛してます。俺の気持ちは今もずっと変わりません」
それどころか想いは強くなるばかりで……と続ける言葉を、突如遮るスマホの通知音。
その音に直ぐ様反応した薪が、青木を押しのけて身体を離した。
そしてまた、見たことのない薪の表情が青木を釘付けにするのだ。
携帯を眺める愛しげな笑みに、青木の胸はざわついた。
こんな顔もできるんだ。でも誰に対して?
携帯画面の向こうには、誰がいるんだ?
薪はしばらく携帯を見つめ、画面を通したやり取りに係りきりになっている。
ただでさえ時間がないのに何をしてるのだろう。仕事なのかプライベートなのかも判らないが、手の届く距離の薪をまるで違う空間に拐われたかのような状況に、さすがの青木も焦りと苛立ちを覚え始める。
「青木」
ようやく携帯を胸ポケットに仕舞った薪が、ふと顔を上げた。
「……はい」
返事より先に駆け寄ってきた薪が腕の中に飛び込んでくるのを、青木は慌てて受け止める。
「お前は、どんな漢字が好きなんだ?」
背中に回した両手で身長差のある身体にぎゅっと抱きつきながら、薪が訊ねた。
「へ?カンジ、ですか?」
「あるだろ、好きな言葉とか、座右の銘とか……」
「ああ、漢字、ですね。それなら……」
薪の弾んだ声につられて、戸惑っていた青木の気持ちも和らぎ、自然に笑みが浮かんだ。
「希望、です」
出てくるのは、迷いない答えだ。
絶望の底に落ちた日も、電話の向こうの薪の声が繋ぎ止めてくれたから、この手の中に残っているものを見失わずに済んだのだ。それを大切に肌身離さず抱きしめて、ここまでやってこれたのだから。
「ありがとう」
微笑んだ薪の唇が、青木の唇に重なった。
何に対する礼を述べられたのかわからないまま、青木はキスを受け止め深くしていく。
むしろ礼を言うべきなのはこっちだとも思うが、薪が嬉しそうだからもういいし、何なら自分まで嬉しくなってしまう。
「……すまない。もう行かなくちゃ」
青木の腕を再びすり抜けた薪が、満たされた顔と濡れた唇で呟いた。
「なら、空港までお見送りしますよ」
「もういい、ついてくるな。お前は羽田だろ」
じゃあな、舞ちゃんによろしく。と、後ろ手を振って立ち去る薪の背中を見送る青木は、いつもと違う感情を不思議な気持ちで噛みしめていた。
まだ時間があるのにサクッと置いていかれた。
でも、薪が纏うふんわりと温かなオーラのせいで、置き去りにされた悲壮感がない。
次に会える時への期待と、薪への愛しさで胸がいっぱいになるだけだった。
急に鎧を解いたような薪の頼りない顔つきに、青木の鼓動が熱く跳ねる。
披露宴が終わったフロアのロビーの隅は、柱の陰でちょうど人目に触れない死角になっていた。
幼子みたいに純粋な上目遣いに魅入られる青木の元へ近づいてきた薪は、高鳴る胸板に額をこつんと押し当てて、そっと背中に手を回した。
ダメだ。可愛い。可愛すぎる。
「あの……まきさん……」
躊躇いつつ閉じ込めるように包み込む青木の両腕。
その中に埋もれながら、薪は望みを口にする。
「……言ってくれ。もう一度」
「え?」
「あの晩、お前が僕に……くれた言葉……」
えっ?協力……ってそんな簡単なことでいいのか?っていうか、またはぐらかされているだけなんじゃないのか俺は……
戸惑いながらも、青木は応える言葉を探す。
「お大事に……じゃなく? あなたを……愛してます、ですか?」
二つ目の言葉を発した瞬間、背中を掴む手にギュッと力がこもるから、しっかりと抱きしめ直して改めて耳元で伝える。
「薪さん、愛してます。俺の気持ちは今もずっと変わりません」
それどころか想いは強くなるばかりで……と続ける言葉を、突如遮るスマホの通知音。
その音に直ぐ様反応した薪が、青木を押しのけて身体を離した。
そしてまた、見たことのない薪の表情が青木を釘付けにするのだ。
携帯を眺める愛しげな笑みに、青木の胸はざわついた。
こんな顔もできるんだ。でも誰に対して?
携帯画面の向こうには、誰がいるんだ?
薪はしばらく携帯を見つめ、画面を通したやり取りに係りきりになっている。
ただでさえ時間がないのに何をしてるのだろう。仕事なのかプライベートなのかも判らないが、手の届く距離の薪をまるで違う空間に拐われたかのような状況に、さすがの青木も焦りと苛立ちを覚え始める。
「青木」
ようやく携帯を胸ポケットに仕舞った薪が、ふと顔を上げた。
「……はい」
返事より先に駆け寄ってきた薪が腕の中に飛び込んでくるのを、青木は慌てて受け止める。
「お前は、どんな漢字が好きなんだ?」
背中に回した両手で身長差のある身体にぎゅっと抱きつきながら、薪が訊ねた。
「へ?カンジ、ですか?」
「あるだろ、好きな言葉とか、座右の銘とか……」
「ああ、漢字、ですね。それなら……」
薪の弾んだ声につられて、戸惑っていた青木の気持ちも和らぎ、自然に笑みが浮かんだ。
「希望、です」
出てくるのは、迷いない答えだ。
絶望の底に落ちた日も、電話の向こうの薪の声が繋ぎ止めてくれたから、この手の中に残っているものを見失わずに済んだのだ。それを大切に肌身離さず抱きしめて、ここまでやってこれたのだから。
「ありがとう」
微笑んだ薪の唇が、青木の唇に重なった。
何に対する礼を述べられたのかわからないまま、青木はキスを受け止め深くしていく。
むしろ礼を言うべきなのはこっちだとも思うが、薪が嬉しそうだからもういいし、何なら自分まで嬉しくなってしまう。
「……すまない。もう行かなくちゃ」
青木の腕を再びすり抜けた薪が、満たされた顔と濡れた唇で呟いた。
「なら、空港までお見送りしますよ」
「もういい、ついてくるな。お前は羽田だろ」
じゃあな、舞ちゃんによろしく。と、後ろ手を振って立ち去る薪の背中を見送る青木は、いつもと違う感情を不思議な気持ちで噛みしめていた。
まだ時間があるのにサクッと置いていかれた。
でも、薪が纏うふんわりと温かなオーラのせいで、置き去りにされた悲壮感がない。
次に会える時への期待と、薪への愛しさで胸がいっぱいになるだけだった。