☆希望という名の

 一方で、自分の叔父バカな写真や音声が岡部を通してあの人に筒抜けで、まさかそれを我が子(!)の胎教に使われているなんて、当然青木は夢にも思わない。
 翌年6月に内定している第八管区室長就任に向け、幼い姪育てと自分の成長のために、毎日奮闘を続けるのみだ。

  “待っているから” と、あの人は言ってくれた。
 未整理のバカでかい情欲を、有りったけぶつけたあの夜のことだって、夢じゃない。
 そして、すべて受け止めてくれたあの人の、思い詰めた強さと、抱きしめると壊れそうな脆さを、自分は完全に愛してしまったのだ。
 これっきりだと言われたけれど、どうしても身勝手な望みを繋いでしまう。
 どうか、あの人が誰のものにもなりません様に。
 いつか、もう一度……抱き締められます様に。
 ―――薪さん!!


 案の定、薪からの音信は自分にだけ無かった。
 他のメンバーには、用があれば超手短だが連絡が来るし、岡部なんかは結構頻繁に薪と話してるようで……真っ直ぐな青木だからこそ嫉妬心も募るというものだ。

 現室長ポジションとはいえ岡部だけズルい、と思う。
 半年後に迫る全国展開。その話であれば次期室長メンバー全員に打合せに参加する権利があるのに、いつまでも岡部だけが薪と内緒話をしている状況に、勝手に胸を焦がしている。
 しかもミーティングルームの会議用のを使わず、いつもどこかに個人PCを持ち込んでこそこそやってるのも気に食わなかった。

「……おい、青木」

 ちょうどそんな思いに苛まれ頭を抱えていた青木は、かなり遅れて顔を挙げる。
 捜査中の席から見上げたすぐ近くには、岡部が困惑気味の表情で立っていて、青木の方に屈み声をひそめて訊いた。

「実験、って知ってるか?」

「……!!」

 ガタンと音を立てて青木が立ち上がる。
 部下が上司に掴みかかるという信じられない光景に、部屋にいたメンバーがギクリとして一斉に振り向いた。

「岡部さんこそ……何でそれ知ってるんです」

「それは……」

 止めに入る小池と曽我にも動じない青木の血走った目を見返して、岡部は両手で襟首を掴まれたまま白状する。
 後ろめたいことは互いにある。

「スマン……お前と舞ちゃんの写真とか音声を勝手に薪さんに送ってたんだ……申し訳ない」

「……は??それだけ……??」

 青木は一転蒼ざめて岡部から手を離し「ごめんなさい!!」と平謝りする。自分が薪から聞いた実験の内容が内容だけに、他の男が知ってることに過敏になりすぎていた。

「薪さんに……なぜ俺と舞の情報が必要なのか聞いてますか?」

「知らない。ただ、実験に使うと……」
 
 どういうことだ?
 二人の謎は互いに深まっただけで、小池と曽我に引き離され、やりとりも中断される。
 でもあの様子では結局誰も、何も知らないのだろう。知らされないまま、求められるものだけを薪に提供したに過ぎない。

「クソっ……」

 青木は超速で捜査を片付け、その晩もう一度、視察の時に渡された山のような資料を引っ張りだして、調べ始めた。
 聞かされた内容は出任せでも、薪が本当に何らかの“実験”に関わっていたなら? もしかしたら、自分も知らずに加担しているのかもしれない。
 だとしたら“あの行為”は何のために―――



「マキ。この黒髪のハンサムアジアンが、その子の父なのかい?」

 眠る時間の確保が今夜は難しい薪は、クルトチームに作らせたリュック型のポッドキャリーをお腹側に抱えてソファーに身体を横たえ、タブレットで報告書を読んでいる。

 用があればこちらから出向き、仕事部屋には原則立入禁止にしているので、デスクトップの待受け画面を誰かに覗かれる想定はしていない。実験メンバーと被験者仲間のヨン=イヴァルを覗いては。
 彼らはもう仕方ない。
 この室内では子どものためにできるだけ自分に正直でいることを優先している薪だから、彼らにその片鱗を悟られようとも気にしないことにしている。
 
「彼には連れ子がいるのか」

「いや、姪だよ。父娘おやこみたいに仲がいいけれど」

 まあ、要するに連れ子のようなものだな、と柔らかい顔で薪は答えた。

 まさしく俺はそんな君の親戚の気分だよ……と、ヨンは感慨深くため息をつく。
 
 その後、三好雪子から結婚式の招待状が届いたのは、ポッド内の胎児がちょうど安定期に入った頃だった。
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