(闇)Alptraum

「う〜ん……」

 寝ぼけた幼い子どもの声。

 ほら、あっちへ行こう。と優しい青木の声とともに、僕の胸がスッと軽くなった。これは物理的な重さの話だ。

 「すみません、重くて魘されちゃってましたね」

 額に浮かんだ汗を拭う無撚糸タオルの柔らかい感触がここちいい。

「びっくりしましたよ。片付け済ませて覗いたら、舞があなたの胸の上に乗っかって爆睡してるから」

「ゆきこ……さんは?」

「え?」

 口走った言葉に青木は一瞬戸惑って、それから大きな手で僕の頭を撫でる。

「俺は知りませんが、何か用事でも?」

「………いや」

 舞がいる。そして黒田雪子さんはここにはいない。だってここは青木家だから。
 粉々に散っていた思考の断片が、悪夢と現実に分離して、現実だけがゆっくりと僕の中に戻ってくる。

「もしかして……夢でも見てました?」

「もういい。寝るからあっち行け」

「……あの」

「何だ」

「……行けないんですが」

 青木が困るのも無理はない。僕の手が無意識に青木のパジャマの裾を掴んでるのだから。
 結局僕のセミダブルに、幸せそうな大男と二人で無理やり収まる羽目になる。
 この部屋は元々青木の父の書斎で、今は僕の寝室兼仕事部屋にしたてられていた。


 あの夢の中のツヨシは、きっと僕自身。
 ツヨシを作るために渡された種は殺人鬼のDNA、雪子さんは罪の怖れの象徴なんじゃないだろうか。
 僕がそのDNAを受け継いでるのは事実だし、あの父と母に育てられなければ、鈴木に出会わなければ、そして青木が傍にいなければ “こちら側”に留まれなかった可能性は多分にあるのだろう。

「大丈夫ですか?お顔色がよくないような…」

 狭いベッドにようやく収まったくせに「何か飲み物でも……」とまた起き上がろうとする青木を、僕は自分の体を乗せて制止する。
そして笑みを浮かべた唇から、吐く息のように安堵の言葉を漏らすのだ。

「ぼくは大丈夫だ。お前がいれば」
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