(闇)Alptraum

 彼女との歪な関係はどこから始まったのだろう?

 この手で彼女の人生から鈴木を奪ったときからか。
 それとも鈴木を介して彼女と僕が初めて会った時?いやそれ以前に、鈴木への想いを軸に互いの存在が捻じれの位置にあるせいかもしれない。
 でもそんなことどうだっていい。僕はただ鈴木の代わりに青木を彼女に返すことで、贖罪を果たそうと躍起になっていた。

 でも人の心はパズルのピースみたいに簡単に嵌まらないし、青木は鈴木でもない。
 歪みの連鎖のなかでぎくしゃくと悲鳴をあげる関係性は、縺れる以外の行き先を知らなかった。


 何年か経った、ある真夜中のこと。

 外は大雨で、青木と二人きりで残っていた捜査室内に、その“歪”は顕在化した。

「こんなに遅くまで残って、家は大丈夫なのか?」

「ええ。雪子さんが先に帰ってますし、今日はバァバもいますので」

「……そうか」

 僕は青木のデスクにあるポートレートの、黒髪の父と母に挟まれて笑う栗色の髪と淡褐色の瞳をもつ男の子を見つめた。

「ツヨシはもうすぐ2歳です。日に日にあなたに似てきてますよ。よければ今度三人で会いませんか?」

「え……三人?」

「そうです。ツヨシと俺とあなたと……雪子さんと四人でもいいです。次の休みにドライブでもしましょう」

「いや、遠慮する」

 雨の音がやけに煩く僕のなかで響き、まるで嵐に晒されているみたいだ。

「そんな事言わずに、行こうよ。ツヨシは俺たち夫婦とお前との大事な絆だ。勝手にあんなことしたお前のこと、俺達は許すし、ツヨシとも会ってほしいんだ」

「……!?」

 何を言ってるのか意味がわからない。
 しかも雑音に紛れて聞こえるこの声は、青木の声じゃなくなっている。
 鈴木でもない。
その聞き覚えのある懐かしい声は、ハッキリと僕を呼んだ。

「良いか?なあ、サワムラ」

「っ……」

 呼ばれた僕は頭を抱えてふらりと後ずさる。
 違う。
 僕が勝手にしたんじゃない。
 あの決断は、お前たちからもたらされたもので、僕もそれを受け入れた。ツヨシは文句なしに望まれた子だ。それに……

「違う!僕は……サワムラさんじゃない!!」
2/5ページ
スキ