☆2069 夏の別荘
休日の朝、ママが寝坊がちなのは、舞や希にとってそんなにめずらしいことではない。
荻窪の家でも、福岡の家でも、家族みんなで過ごす休日の朝は、だいたいパパだけがとても早起きだ。そしてせっせと掃除や洗濯をしていたり、なぜかママの身体をすごく労っている。
二人は大好きなママと朝起きてすぐ遊べないのはつまらないけれど、ちゃんと寝かせてあげていた。
ママも大抵お昼までには起きてくれる。
皆で昼ご飯を食べたあとは、急な事件でも起きない限り、午後はたっぷり遊んでもらえるから。
特に舞はそんな日の、ぼんやりしてるマキちゃんを、こっそり眺めるのが好きだった。
コーちゃんを見る目がちょっとだけ優しくなり、時々ふわりと緩むマキちゃんの口元は、お家の中をお花畑にする。
ディズニーのどんなプリンセスより綺麗なマキちゃんと、背が高く優しいプリンス、そしてかわいい小さな王子とみんなで笑いながら過ごす遅まきの休日が、舞はなにより好きだったのだ。
「え〜っ、そうなの?舞ちゃんが希くんと離れて暮らしてるなんて、全く知らなかったわ」
だったらここへ乱入したのはかなり図々しかったかも……と今さら心を痛めながら、雪子は日向の支度を続ける。
暑い日だがいい風が吹いてるし、パパ二人が子どもたちを連れて、マーケットまで散歩に行こうと決めたからだ。
「そう、舞が一年生のときからコーちゃんとおバァちゃんと三人で福岡にいるの。でも夏休みとか長いお休みは、みんな荻窪に集まって一緒に暮らすんだよ」
舞と希は自分たちで支度を終え、希はパパ勢とスタンバイしている。
舞は日向の支度を手伝いに部屋にきて、雪子とつかの間の女子トークに花を咲かせているのだ。
「ふぅん、舞ちゃんは今何年生なんだっけ?」
「二年生。ノンちゃんも10月から二年生だよ。あの子アタマがいいからインターナショナルの小学校に通ってるの」
「……はぁ、そうなの?凄いわね」
「そう、すごいの!ノンちゃんもマキちゃんもスクールでモテモテ。男の子も女の子も先生もホゴシャもみ〜んなイチコロなんだから」
つよしくんまでモテてるなんて……さすがだわ、と雪子は苦笑する。飛び級カップルの血を引く希はもちろんだが、舞の聡明さにも感心させられる。
ノンちゃんがいる前では自然にパパ・ママ呼びしつつ、こうして自分だけのときは、コーちゃん・マキちゃん。希をさりげなく気遣うところとも然りだ。
「準備完了!行くよ〜」
舞の明るい掛け声に、パパ二人と子どもたちの「行ってきます」が玄関に響く。
手を振って五人を見送った雪子は、コーヒー用のお湯を沸かしながら、朝食のテーブルを片付ける。
僅かにコーヒーの香りの残る静かなダイニングに、薪が顔を出したのは、その一時間ほど後だ。
無防備な薪の視界が、テーブルで一人スマホを見ている雪子をぼんやりと捉える。
「あ、つよしくん、おはよ。パパたちと子どもたちはマーケットにでかけてるわ。土曜に神社でやってるやつね」
「……えっ、黒田さんと?」
なぜあの二人 が?
ギョッとしたのが顔に表れていたのだろう。
「あら、結構良いコンビだと思うけど。どうかした?」
「いえ……」
昨夜のこと、カマをかけられているのだろうか。
いやたぶん違う、雪子は機嫌もいいし、この人はそういう変化球を持ち合わせていない筈だ。
「黒田のことなら気にしないでね。気遣ってるように見えるけど、意外と何も考えてなくて、すごく気楽な人だから」
雪子のフォローにも、薪の表情の翳りが深くなるばかりだ。
昨夜黒田に風呂の順番を待たせたことくらい、雪子も知っているだろう。それにアレコレ憶測が加われば……いや、どう思われようと相応のことをやらかしている自覚も十分にある。
「そうだ、つよしくん朝食は?」
「っ……」
「やだ、何でいちいち怯えてるの?」
青ざめて後ずさる薪に、雪子は眉尻を下げて「座りなよ」と席をすすめる。
「朝ごはん、フルーツサラダとかパンケーキとかあるけど……」
雪子が厨房に取りに行った豪勢なプレートを一瞥した薪は、げんなりして首を横に振った。
「じゃ、旦那さんお手製の稲荷うどん、温めてあげよっか?」
「いえ、自分でやります。それに青木は僕の旦那じゃない」
脳内に蘇る美味そうなつゆの匂いに釣られるように、薪はテーブルから立ち上がった。
青木が薪のために作りおきするうどんは、ちゃんと温め直すこと前提に作られ、麺と汁に分けて保管されている。
だから加減を知ってる自分が仕上げて、せっかくの絶妙な食感や風味をちゃんと戴きたいのだ。
「ねぇ、旦那じゃなかったらあの人はあなたの何?情夫、ってのもねぇ……」
上品にうどんを食す薪を、テーブルに両手で頬杖をついて眺めながら雪子が訊ねる。
少し腫れぼったく潤んだ瞳が、雪子の視線に気づいてハッとし、首筋のキスマークを羞じらうように髪を掻き寄せて隠した。
「……ただの家族、です」
「ふ〜ん、随分と仲のお宜しいご家族だこと」
雪子の皮肉に薪は真っ赤になって横を向く。火照っているせいで鬱血の跡は目立たないが、浴衣の襟から伸びる首筋も、なんだか酷く艶めかしい。
ねえ、つよしくんキスマークだらけじゃないの、ドコをナニしてつけられたのか、ちょっと見せてごらんなさい……と目の前の浴衣に両手を掛けて思い切り開襟したい衝動を、雪子は生唾と一緒にゴクリと呑み込んだ。
「……ところでその感じだと、今日の予定のこと、あなたたち一言も話し合ってなさそうね」
「その必要はありません。青木が僕の決めたプランに逆らうことはないので」
「……へぇ、それはそれは……」
これはまた、薪剛流惚気の連発なんじゃないだろうか。
〜♪
当てられっぱなしの雪子が返す言葉を探していると、エントランスのチャイムが鳴った。
荻窪の家でも、福岡の家でも、家族みんなで過ごす休日の朝は、だいたいパパだけがとても早起きだ。そしてせっせと掃除や洗濯をしていたり、なぜかママの身体をすごく労っている。
二人は大好きなママと朝起きてすぐ遊べないのはつまらないけれど、ちゃんと寝かせてあげていた。
ママも大抵お昼までには起きてくれる。
皆で昼ご飯を食べたあとは、急な事件でも起きない限り、午後はたっぷり遊んでもらえるから。
特に舞はそんな日の、ぼんやりしてるマキちゃんを、こっそり眺めるのが好きだった。
コーちゃんを見る目がちょっとだけ優しくなり、時々ふわりと緩むマキちゃんの口元は、お家の中をお花畑にする。
ディズニーのどんなプリンセスより綺麗なマキちゃんと、背が高く優しいプリンス、そしてかわいい小さな王子とみんなで笑いながら過ごす遅まきの休日が、舞はなにより好きだったのだ。
「え〜っ、そうなの?舞ちゃんが希くんと離れて暮らしてるなんて、全く知らなかったわ」
だったらここへ乱入したのはかなり図々しかったかも……と今さら心を痛めながら、雪子は日向の支度を続ける。
暑い日だがいい風が吹いてるし、パパ二人が子どもたちを連れて、マーケットまで散歩に行こうと決めたからだ。
「そう、舞が一年生のときからコーちゃんとおバァちゃんと三人で福岡にいるの。でも夏休みとか長いお休みは、みんな荻窪に集まって一緒に暮らすんだよ」
舞と希は自分たちで支度を終え、希はパパ勢とスタンバイしている。
舞は日向の支度を手伝いに部屋にきて、雪子とつかの間の女子トークに花を咲かせているのだ。
「ふぅん、舞ちゃんは今何年生なんだっけ?」
「二年生。ノンちゃんも10月から二年生だよ。あの子アタマがいいからインターナショナルの小学校に通ってるの」
「……はぁ、そうなの?凄いわね」
「そう、すごいの!ノンちゃんもマキちゃんもスクールでモテモテ。男の子も女の子も先生もホゴシャもみ〜んなイチコロなんだから」
つよしくんまでモテてるなんて……さすがだわ、と雪子は苦笑する。飛び級カップルの血を引く希はもちろんだが、舞の聡明さにも感心させられる。
ノンちゃんがいる前では自然にパパ・ママ呼びしつつ、こうして自分だけのときは、コーちゃん・マキちゃん。希をさりげなく気遣うところとも然りだ。
「準備完了!行くよ〜」
舞の明るい掛け声に、パパ二人と子どもたちの「行ってきます」が玄関に響く。
手を振って五人を見送った雪子は、コーヒー用のお湯を沸かしながら、朝食のテーブルを片付ける。
僅かにコーヒーの香りの残る静かなダイニングに、薪が顔を出したのは、その一時間ほど後だ。
無防備な薪の視界が、テーブルで一人スマホを見ている雪子をぼんやりと捉える。
「あ、つよしくん、おはよ。パパたちと子どもたちはマーケットにでかけてるわ。土曜に神社でやってるやつね」
「……えっ、黒田さんと?」
なぜ
ギョッとしたのが顔に表れていたのだろう。
「あら、結構良いコンビだと思うけど。どうかした?」
「いえ……」
昨夜のこと、カマをかけられているのだろうか。
いやたぶん違う、雪子は機嫌もいいし、この人はそういう変化球を持ち合わせていない筈だ。
「黒田のことなら気にしないでね。気遣ってるように見えるけど、意外と何も考えてなくて、すごく気楽な人だから」
雪子のフォローにも、薪の表情の翳りが深くなるばかりだ。
昨夜黒田に風呂の順番を待たせたことくらい、雪子も知っているだろう。それにアレコレ憶測が加われば……いや、どう思われようと相応のことをやらかしている自覚も十分にある。
「そうだ、つよしくん朝食は?」
「っ……」
「やだ、何でいちいち怯えてるの?」
青ざめて後ずさる薪に、雪子は眉尻を下げて「座りなよ」と席をすすめる。
「朝ごはん、フルーツサラダとかパンケーキとかあるけど……」
雪子が厨房に取りに行った豪勢なプレートを一瞥した薪は、げんなりして首を横に振った。
「じゃ、旦那さんお手製の稲荷うどん、温めてあげよっか?」
「いえ、自分でやります。それに青木は僕の旦那じゃない」
脳内に蘇る美味そうなつゆの匂いに釣られるように、薪はテーブルから立ち上がった。
青木が薪のために作りおきするうどんは、ちゃんと温め直すこと前提に作られ、麺と汁に分けて保管されている。
だから加減を知ってる自分が仕上げて、せっかくの絶妙な食感や風味をちゃんと戴きたいのだ。
「ねぇ、旦那じゃなかったらあの人はあなたの何?情夫、ってのもねぇ……」
上品にうどんを食す薪を、テーブルに両手で頬杖をついて眺めながら雪子が訊ねる。
少し腫れぼったく潤んだ瞳が、雪子の視線に気づいてハッとし、首筋のキスマークを羞じらうように髪を掻き寄せて隠した。
「……ただの家族、です」
「ふ〜ん、随分と仲のお宜しいご家族だこと」
雪子の皮肉に薪は真っ赤になって横を向く。火照っているせいで鬱血の跡は目立たないが、浴衣の襟から伸びる首筋も、なんだか酷く艶めかしい。
ねえ、つよしくんキスマークだらけじゃないの、ドコをナニしてつけられたのか、ちょっと見せてごらんなさい……と目の前の浴衣に両手を掛けて思い切り開襟したい衝動を、雪子は生唾と一緒にゴクリと呑み込んだ。
「……ところでその感じだと、今日の予定のこと、あなたたち一言も話し合ってなさそうね」
「その必要はありません。青木が僕の決めたプランに逆らうことはないので」
「……へぇ、それはそれは……」
これはまた、薪剛流惚気の連発なんじゃないだろうか。
〜♪
当てられっぱなしの雪子が返す言葉を探していると、エントランスのチャイムが鳴った。