☆2069 夏の別荘

「青木さん、手伝います」

「あ、どうも」

 薪が残していった子どもたちのジュニアシートを、運転席から飛びだしてきた黒田が一緒にセットしてくれる。

「あっ、ノンちゃん、し〜ッ……」

 意気揚々と自分のシートに座った舞が隣のチャイルドシートで寝ている幼子を見つけ、続いて乗り込む希に振り返って、口元で人差し指を立て合図した。
 そして、車を発進させる黒田に頭を下げ「よろしくおねがいします」と小声で伝える舞と希のお利口ぶりに、雪子は内心舌を巻く。

 実をいうと、昨夜薪が発つ前に子どもたちにしかと言い聞かせてあるのだ。
“明日はケイサツ仲間の人が家族で迎えに来てくれる。その人たちは、お姉さんお兄さんと呼んでいるすず夫妻と同年齢だから、決してオバサンオジサンと呼ばないように。また階級的には、二人ともママやパパの部下にあたる人たちなので、優しく接するように”と。

 
「あれ?この車って……」

 運転席に黒田、助手席に雪子、二列目に子どもたちのシートが三つ並び、三列目に一人押し込められた青木が、ぽつりと呟いた。

「レンタカーですか? そうか、もしかして俺たちのために?」

「そうなの!」

 いえ……と忖度する黒田の言葉に、雪子が強い口調で被せる。

「これ、つよしくんの言いつけなのよ。ウチの五人乗りで人数丁度なのに“絶対に八人乗り借りてこい”ってさ」

 まあ、それはそうだろう。と、青木は思う。
 乗車定員はクリアしてもチャイルドシートが義務付けられてる幼児が二人いる時点で、五人乗りだと難しい。
 今の発言を薪に聞かれなくてよかった。
 また“想像力がない”とかいう口論に……なりはしないだろうけれど。


「ねぇ、お姉さん。このコは女の子? なんてお名前ですか?」

 隣で眠る幼子に興味津々の舞が雪子に尋ねる。

「そうよ、日向っていうの。今月二歳になったばかりよ。舞ちゃんの弟くんのお名前は? 今何歳なのかしら?」

 機嫌よく応対する雪子の逆質問に対し、舞が口を開く前に、三列目からすかさずガードが入る。

「希といいます。明日で五歳になります。言っときますけど雪子さん。子どもの結婚相手は親が決めるもんじゃありませんからねっ」

「えー、コーちゃん、何言ってるの?そりゃそうに決まってるじゃん」

「ねぇ、ケッコンアイテってなに?」

 雪子を過敏に警戒する青木と、無邪気な子どもたちを乗せて、黒田家の借りたミニバンは順調に目的地への道を辿る。



「つよしくん」

「ママぁ!」

 到着した車をアプローチで薪に、手を振る雪子を追い抜いて、リュックを背負った舞と希が一直線に駆けていく。
 薪に見惚れて青木が立ち止まり、家族全員分の荷物を両手と背中に抱えた黒田が雪子の後についていく。

「ごめん、今日はよろしくね」

 腰に抱きつく子どもたちの頭を撫でている薪に、日向を抱っこした雪子が近づいた。

「ええ、こちらこそ。送迎もありがとうございました」

 お互い子どもに抱きつかれた姿で対峙するのが、どこかくすぐったい。
 雪子の顔に好奇心の色が浮かんでいるのは、たぶん、子どもたちが嬉々として発した薪の呼び名・・・・・が新鮮だったからだろう。

「薪さん、黒田です。この度は急遽すみません、お気遣い感謝します」

「いいえ、お気になさらず。どうぞゆっくりしていってください」

 深々と頭を下げる黒田に会釈を返す薪のサラサラの髪。子どもを見おろす柔らかな表情にほだされながら、青木は考える。
 薪さん、今日はひときわ綺麗だな。お召しになっている服も似合ってる。こないだお盆の隙間にふらりと二人で買い物に出かけた際、一緒に見立てた涼しげなリネンシャツ。あの時はまだ、別荘で水入らずの四人で過ごす週末を夢見ていたのになぁ……と。

「おい、青木」

「……あ、はい」

 呼ばれて我に返ると、至近距離から見上げてくる薪の視線にドキリとする。

「黒田さんたちを奥の客室へご案内を。荷物を置いたら、昼食の準備ができてるので、ダイニングへお通ししてくれ」

「わかりました」

「あ、それと……」

 “お前は間違っても客人の前で僕を「ママ」と呼ぶなよ”
 顔を近づけドスのきいた声で囁く薪を、思わず抱きしめそうになった。
 楽しみにしていた家族旅行なのに、薪が自分の友人とはいえ恋人の元婚約者を招いたことや、自分の楽しみより客人に気を遣うモードにスイッチしてることとか……気になることは少なからずある。が、それを全部吹っ飛ばすくらいの濃厚なフェロモンが薪の全身から漂うのを、感じ取ってしまったからだ。

 先に玄関に入った子どもたちと子連れ家族は、寝起きの幼女のゴキゲンを取りながら、靴を脱いだり脱がせたりと、にぎやかで忙しない様子だ。

「お上がりください。今案内します」

 よそ行きの声を出しながら、薪の背中が離れていく。

 それでも俺は“楽しい家族旅行”を諦めたりしない。

 “ヨシ”と、青木は拳をグッと握り、自らを鼓舞しつつその後を追った。
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