2067 薪誕ss 特捜と特別な夜の特権

 大きなヤマが片付いた金曜は、束の間の落ち着きを取り戻し、室長の岡部もろとも全員が定時に帰った。
 内情・・を察している一部の人間たちに若干気を遣わせているのだが、お互いのことに気を取られて余裕がない二人にその自覚は無い。

 まだ午後八時なのに、珍しく静かな第三管区捜査室。
 薪がデスク脇の引き出しに極秘資料を仕舞う音と、青木がノートPCを閉じる音が同時に響いて、二人の鼓動がドキンと高鳴った。

「……で?」

 薪がため息交じりに口を開くと、ワンショルリュックにノートPCを片付ける青木の手が止まる。

「二十代のガキの夕食は、どんな店がお好みなんだ?」

「はい?」

 上司部下から恋人へ。
 チャンネルを切り替える“マテ”の解除を察し、目を輝かせて振り向いた青木の背後で尻尾がブンブン振れている。
 その様子に薪の胸がキュンと高鳴るが、おくびにも出さず、薪は素っ気ない言葉を連ねる。

「四十代のオヤジの店は岡部と行く・・・・から、今夜はお前の好みで選んでいいんだぞ」

「……」

 ムッとした表情で席を離れた青木が、ゆっくり薪に詰め寄った。
 
「何ですか急にオヤジぶって。もしかして四十代になったことを気にされてるんですか?」

 それは半分当たってる。
 正確に言えば、青木がまだ二十九なのに、自分が四十になったことを気にされて・・・・・いるのだ。
 ストレートに地雷を踏んでくる青木と、まともに受けて立つ薪の痴話喧嘩は日常茶飯事だ。
 しかし今日は一つ大人になった薪が、火種を呑み込んだ。

「……別に」

 拗ねたように逸らした横顔に、今度は青木の胸がキュンと掴まれる。

「お前こそ、どうなんだ?」

「え、何がです?」

 実年齢はさておき、見た目は一回り以上年下のような薪が一つ年を取ったとて、特に思うところはない。
 いや、強いて、あるとするなら……
 
「改めて考えると、なんか興奮してきますね」

「……は?」

 胡散臭そうに眉をひそめて見上げてくる大きな瞳が愛らしくて、青木の興奮がさらに昂る。

「だって、艶めかしくないですか?」

「ナマメカシイ?」

「二十代の若造と趣向が違うこと前提で、オトナのあなたが俺に何でも合わせてくださる、って仰ってるんですよね」

 何もわからない子どものような困惑顔で、首を傾げる薪。
 言ってる意味がわからないが、目の前の若い大男がヘンな方向に暴走しそうな危機感だけは、察知したようだ。

「待て、僕は食事の話をしたんだぞ?」

「ええ、わかってます。だからあなたの話をしてるんです」

「……?」

「どこでというなら……ここで今すぐ食べたいです」

 薪の反論を青木がキスで奪う。
 あろうことに捜査室のド真ん中でだ。

 この位置なら大男の背中に隠れて防犯カメラには写らないだろう……と冷静に頭を働かせつつ、受け入れた唇の熱と感触にとろける薪は、うっとり目を閉じた。
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