2059 青誕ss 奇跡のどƕぎつね

 12月に入って早々、エアコンの温風が出なくなってしまった。

 見た目はキレイだが、四歳差の姉が大学時代から使っていたものなので、年数的には寿命かもしれない。
 俺の一人暮らしも四年目だし、その程度のトラブルではじたばたすることもなく、今夜はこたつを出すことにした。

 こんなことでもなければ陽の目をみることもなかったそのこたつも、姉から一式譲られたものだ。
 レンガ色の小さめクロスを斜め掛けしたグリーン系アーガイルチェックのカバーは、ツリーもなく季節感ゼロの俺の部屋を、あっという間にアドヴェント風の温かい空間に変えた。

 まあ、だからといって、シュトーレンやグリューワインがそこに並ぶでもなく。
 テーブルには、いつも通りのどƕ兵衛。実家から箱で送られてくる安定の夜食だ。

 お湯を注ぎ、蓋をして五分少々。正確に言えば八分。それが、きつねをほどよくふんわりジューシーにし、スープも熱々のまま食せる俺の適正な待ち時間だった。

 書きかけの卒論を一時保存して、携帯のタイマーを止める。
 室温はいつもより低いが、こたつ布団の中は温かく、今まで一度も使わなかったのを後悔するくらい快適だった。
 蓋を開けるとたちこめるジャンキーな中毒性満載のお出汁の香りを吸い込みながら、まずは好みのふんわり感に仕上がったきつねに、俺はふ〜ふ〜と息を吹きかけた。

「あっ、ん……ふっ……」

 え?
 かわいい喘ぎ声とともに、湯気で曇ったメガネの視界に“好みドンピシャ”どころかそれをゆうに超える、可愛いコが浮かび上がる。

「ど……どうしました?」

 俺は箸を止め、どƕ兵衛のカップをテーブルに戻した。

「……はぁ……」

 かわいいコは眉をひそめたままため息をつき、詰るような上目遣いで俺を見上げる。

 なぜここにいるのか?とか、栗色の髪の間からきつね耳が生えてるのか?とか、背後にふわふわ見えてる尻尾のようなものは何なのか?とか、そもそもこの人が誰なのか?とか、大渋滞する“謎”も、すべて“かわいさ”に塗りつぶされて丸く収まってしまう。

「……大丈夫ですか?」
 
 とりあえず心配が先立つ言葉に、きつね耳のそのコは、フルフルと首を横に振って初めて言葉を発した。

「大丈夫じゃない……けどっ、続けろ」

「へっ?」

「早く食べろと言ってるんだ。スープが冷めるだろっ」

「あ、はい」
 
 男言葉も命令口調も不自然じゃないばかりか、むしろツボにはまる。
 眉尻を下げた悩ましげなその表情と、カップの中を見比べた俺は、なんとなくきつねを避けて・・・・・・・麺を箸で掴んだ。

「……ちが……う、だろっ!」

 怒鳴られてビクッと止めた俺の箸の隙間から、麺が滑り落ちる。

「いつもと……順番が違う」

「……えぇっと……」

きつねぼくが……先だっ」

 近い。このコ、無防備すぎる。
 至近距離で可愛く睨まれながら、俺はカップの中のきつねを箸で、そっ……とつつく。

「あっ、あん……っ……止せっ……」

 はあああ?
 箸できつねを掴もうとするだけで、かわいいコが雌豹のポーズで震えて悶えるから、この先に進むのをどうしても躊躇ってしまう。

「……は……やくっ、入れろ。アツい……うち……にっ……」

「……いや……でも……」

 突き上げたお尻と小刻みに揺れる尻尾に釘付けになりながら、俺は硬い表情で首を横に振った。

「早く!きつねを口に入れろといってるんだ!」

「は……ハイッ!」

 俺は言われるがまま、箸で掴んだきつねに歯を立てた。

「あっ、い……たっ……」

「えっ」

「構うな、早く、そのまま来いっ」

 そのまま甘くジューシーなきつねを吸いあげ、一口目を噛み締める。
 
「ぃあん……っ……はぁっ……」

「あの、非常に食べにくいんですが……」

「い……からっ……ぜんぶ……いっ……てっ」

 いつもはゆっくり麺と交互にいくのだが、この状況ではそうはいかない。
 目の前の艶カワイイ反応につられながら、俺はほとんど味もしない夜食を丸呑みするイキオイで片付けたのだった。
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