2069薪誕 SCENT

 試すって、何を? と考える暇さえなく、口づけとともにしがみついてくるしなやかな身体からローブを剥がしてベッドへと運ぶ。

「……っ……あ……」 

「……薪さん……っ」

 休日の暇に任せて一日中抱き合っていた薪の肌は、触れただけでもう熱を帯び、芯をもった胸元と脚の付け根と、疼いた腰が擦り寄ってくる。
 でも、明日は月曜だし無理はさせたくなかった。一回り年上の美しい恋人は、未成年みたいな見た目に違わず、純真で捨て身の愛情をぶつけてるひとだから。HP1になっても全身全霊で、そしてぷつりとこと切れるのだ、まるで遊び疲れた子どものように。
 だから寝かしつけるように愛おしむのだ。
 
「あ、少し近づいたかも……」

「……はい?」

「オマエノカオリ……」

 眠りに落ちる直前、甘くとけて離れた唇が残した言葉に、青木は首を傾げる。
 それから口づけた胸元に漂う香りを吸い込んで、思わず微笑んだ。
 自分の肌だと儚く消えるオープニングのベルガモットの爽快感が、薪が纏うと地肌に馴染んだサボン系の甘い香りになって続き、それが体温の上昇とともに、ハーブの香るマリンノートに変化する。そうなるとたしかに昼間のスーツの自分の香りに似ていた。


 翌朝の所長へのバースデーサプライズは成功裡に終わり、波多野は鼻高々だ。
 所長席に飾られた八輪の赤い薔薇。
花言葉は「あなたの思いやりに感謝します」だ。
 それを一輪ずつ各室長から贈るというストーリーで、赤い薔薇を捧げる各管区室長からのメッセージ。
 薪所長が席につくと同時にデスクのディスプレイから流れたメッセージ動画は、波多野の渾身の力作だった。

 「……わかった。画面を元に戻せ」

 直立不動でビデオメッセージを見届けた薪は、八輪の薔薇のアレンジメントを机の脇に寄せ、波多野が元通りにしたディスプレイに向かって何食わぬ顔で仕事を始める。
 薪のデスクトップに細工できるなんて、岡部をはじめ皆グルなのだ。
 第三管区の捜査員たちとビデオの向こうの他管区室長たちから「薪さん、お誕生日おめでとうございます!」と祝福の言葉を受けた薪。

 表向き淡々と仕事を進める薪の脳裏を今でも支配するのは、おどけて赤薔薇を口にくわえた曽我でも、非の打ち所のないイケメン今井でも、無骨な語りに人情味溢れる第九のNo.2岡部でもなく、いつか自分が贈ったネクタイを身に着けて、満面の笑みで赤薔薇を差し出す最年少の大男の映像であることは間違いなかった。
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