2069薪誕 SCENT

 1月25日、金曜日。終業時間の定刻はとうに過ぎている。

(……あれ?おかしいな……)

(……ええ、なかなか帰られませんねぇ )

 週明け28日は所長のバースデーだ。
当日朝一番にお祝いサプライズを仕掛けたい第三管区の若手、波多野と山城の二人は、眉をひそめヒソヒソ話をしている。

(でも今週末所長のもとには青木さんがみえるはず。それで所長も午後はちょっとソワソワされてましたし)

(いや、でも帰るどころか会議室から出てきやしないから、これはおそらく緊急事態……)

 バタン!
 山城の言葉が終わらないうちに大きな音を立てて会議室のドアが開き、薪が出てくる。
 長引いていたのは全管区室長会議のはずだが、開始前とは明らかに違う不穏な様相だ。すぐ後に続く岡部の表情も緊迫していて、副室長に色々言付けたあと、若手二人にも「ああ、お前らは自分の仕事のキリがついたら帰っていいぞ」と言い残して別室に入っていく。

 その背中を見送った山城は、横にいた波多野がいつの間にかいなくなっていることに気づいて、慌てて辺りを見回した。

「おいっ、波多野、お前何を……」

「月曜の仕込みです。所長は緊急時にここはお使いにならないので」

「は?この状況でお前……」

 波多野の読みは多分正しい。事件が動いている時に薪が所長席にいることはない。他の捜査員に交じり先陣切って動くから。

「大丈夫です。仕上げは当日の朝にして、万一所長がここに座られても気づかれないようにしますから」

 ポカンとしている山城に波多野は「緊急事態が過ぎるのを待ってたら、第九ここでは一生何も出来ませんよっ」と言い切る。

 そうだ、自分の任務が済んだら帰っても良いと岡部室長も仰せなのだ。
 波多野のソレがある意味特命なら、自分は彼女の分も含め手持ちの捜査を片付けるのが先決だろう。

 山城は頭を切替えて持ち場に戻った。

 今日を乗り越えれば楽しい週末も待っている。
 そして月曜には、普段仏頂面の所長がここへ来て、サプライズにどんな反応を見せるのか……想像はつかないが少し楽しみでもある。
 コワイけれどそれ以上に皆、なんだかんだで薪のことが大好きなのだ。
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