2069 青誕 RING

「ふ〜ん、お前、いくつになったんだ?」

「32です」

 34まで待つつもりだったんだろ、堪え性のない奴だな。と、洗濯機をセットして食卓に戻ってきた薪が呟くと「早いに越したことないでしょう!?」と、青木が少しムッとしてキッチンから振り返る。

「だってズルいと思いませんか?世の既婚男性に、想いの強さは全然負けてないのに、俺だけ秘密にしなきゃいけないとか……」

 指輪があるだけで効果が絶大なのは、思い切ってつけてみてよく分かった。
 本当に、左手薬指にリングを目ざとく見つけて周囲のざわつきは静まり、適度な距離感ができる。
 偉大だ。指輪の存在だけで、自分に生涯愛する相手がいることが効果的にアピールできる。
 最高じゃないか!


「でも、すみません。よく考えたら俺、意気地なしでしたね」

 味噌汁の薬味を刻む手元に姿勢と視線を戻して、青木はぽつりと呟いた。

「何が?」

「あなたと深い関係になれて、舞い上がって勝手に指輪を用意して。なのに結局あなたに一度も言いだせずに……一人で嵌めて、自己満足にひたって……」

「いや、お前の気持ちを知ってて突き放そうとした僕も悪かった」

 何と懐の広い人なんだろう。
 薪が困惑と心配の混じった可愛らしい顔で自分を見上げているのが気配でわかる。駄目だ、この人に目を向けることができない。今お顔を見たら、この人を抱き上げてベッドに逆戻りするか、それを拒否されてボコボコにされるかの二択しかないだろう。
 
 「ただいま〜」

 散歩から帰って来た母の声と玄関のドアが開閉する音がする。
 洗面所で顔を洗って歯みがきしている舞も、楽しげに集まってくるだろう。
 青木は穏やかな顔に戻って、味噌汁を4人分よそい、食卓へと置いた。



「そういえば……いつ気づいたんです?」

「ん?」

 薪との朝食にテンションが上がった舞を笑顔で送り出し、自分も出勤すべくネクタイをきっちり締めた青木が、去り際にふと訊ねる。

 薪への一途な愛を周囲に知らしめるべくリングをひそかに使い始めたのはついこないだ、10月くらいのことだ。
 白石はじめ職場の連中は知らない筈だし、舞は知っていても考えもなしに薪にチクる子ではない。でもきっと薪は知っていた。あの感じだと、知っていて物証を押さえに来たのだと思う。

「秋の芋掘りの翌日だ。左手の薬指に変な日焼けの跡があっただろ」

「ああ……」

 芋掘り遠足のあった11月は、捜査で第三管区に頻繁に出入りしていた頃だ。ただの薄い日焼け跡から即刻ここまで辿り着くとは、さすが薪剛。

 しかも今日一日はこの福岡の民家から、全国の捜査を動かすつもりのようだ。
 夕方にはちゃっかり左手薬指にリアン・ドゥ・ショーメを光らせ児童館に舞を迎えに行って。
 その晩も年下夫を煽りまくってたっぷり愛し合ったのち、ほとんど寝ずに福岡空港から飛び立ったのは水曜の朝のことだった。
 平日の激務の合間に二晩連続発奮できた自分も凄いが、それ以上に、薪のタフさに脱帽だ。
 頭脳も気持ちも体力も……いや気持ちは同等だと思いたいが、上には上がいることを改めて思い知った、誕生日の熱い体験だった。
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