2069 青誕 RING
身体をすっぽり包む大男の体の重みと熱、そして交接の残り香。帰巣本能が溢れんばかりに満たされるこの眠りは麻薬かなにかのようだ。
ハッと我に返るように、薪の睫毛の長い瞼がふわりと上がった。
左の胸板を占領する重量感は、うつ伏せに顔を埋め寝息を立てている青木の頭の重みだ。暖を取るには申しぶんないが、全裸の肉体に残る愛撫の痕跡と寝床の乱れが度を越えた状況に、少し気が滅入る。
「…………」
薪は指を絡めて繋がれた大きな左手をそのまま引き寄せて、マリッジリングの嵌まる指を寝惚け眼で見つめた。
口に出したことはないが、この大きな手がたまらなく好きで。
その薬指に収まる誓いのしるしの何とも後ろめたいような擽ったさに、戸惑いつつも頬が緩む。
“舞の保護者になる時だけ身につける”という行動パターンと脱着にかける時間から、指輪の有り処はすぐに察しがついた。
だから昨夜、青木が夕食をとっている間に、薪は迷わず背広のポケットの皮財布の隙間からそれをくすねて、追及に至ったのだ。
ちなみに過去にはケータイをすられたり、ネクタイに発信機を仕込まれたりなど薪には好き放題やられている青木だ。ポケットに仕舞ったはずの指輪が薪の手から出てきたって、今さら大した驚きはなかっただろう。
「……ん……チュ、まき、さん」
ごそごそと動き出す青木が、薪の肩先や胸元と握っていた左手を唇で撫で始める。
薪は狸寝入りをしながら、漏れる吐息を殺し、身体の反応を抑えるのに必死だった。
そろそろ情事の後片付けなどをしながら、一日の準備を始める時間なのだろう。さすがの青木も週の初めにここまでハメを外すことはないだろうから、一回り歳下の若さがあるとはいえ、立て直すのはそれなりに大変だろう。と思いきや―――
「ああっ、夢じゃなかったんですね」
薄闇に慣れた目で薪の左手薬指の指輪を捉えた青木は、昨夜のまぐわいの疲労なんて何のその、しみじみと感涙にむせていた。
「起きるのか?」
「ええ。舞の支度がありますので」
昨夜無理をさせてしまった薪の身体を冷やさないように、布団を掻き集めて抱きくるみ、自分は拾った衣服を身につけてベッドから起き上がる。
「これも洗濯するんだろう?着替えを取ってくれ。僕も手伝うから」
「ありがとうございます」
二人きりのときなら薪に手伝いなんてさせない。でも今は舞と朝の時間を過ごしてくれようとする薪の気持ちを素直に受けとめたいと思う。
「そういえば、お前、一つ訊くが……」
着替えるついでに外した指輪を、青木の仕事机の上に置きながら薪が訊く。
「いつからこれを準備していたんだ?」
「あー、それはですね……」
青木は決まり悪そうに言い淀む。これは実は結ばれてすぐに張り切って用意した本気のペアリングだったのだ。
一線を超えたということは、この先一生薪と添い遂げるものだと信じて疑わなかった青木が誓いの証として贈ろうとした。が、薪の態度は違った。
相も変わらず「お前はまだ若い」とか「いい女性と結婚して家庭をもて」とかはぐらかし、終いには「お前とはただの火遊びだ」と宣う。
だから、せめて自分の34の誕生日には渡したいと思い直して温めていたのだ。
自分が初めて出会った時の薪の歳になれば、さすがに「若い」とはぐらかすこともできなくなるだろう、と。
ハッと我に返るように、薪の睫毛の長い瞼がふわりと上がった。
左の胸板を占領する重量感は、うつ伏せに顔を埋め寝息を立てている青木の頭の重みだ。暖を取るには申しぶんないが、全裸の肉体に残る愛撫の痕跡と寝床の乱れが度を越えた状況に、少し気が滅入る。
「…………」
薪は指を絡めて繋がれた大きな左手をそのまま引き寄せて、マリッジリングの嵌まる指を寝惚け眼で見つめた。
口に出したことはないが、この大きな手がたまらなく好きで。
その薬指に収まる誓いのしるしの何とも後ろめたいような擽ったさに、戸惑いつつも頬が緩む。
“舞の保護者になる時だけ身につける”という行動パターンと脱着にかける時間から、指輪の有り処はすぐに察しがついた。
だから昨夜、青木が夕食をとっている間に、薪は迷わず背広のポケットの皮財布の隙間からそれをくすねて、追及に至ったのだ。
ちなみに過去にはケータイをすられたり、ネクタイに発信機を仕込まれたりなど薪には好き放題やられている青木だ。ポケットに仕舞ったはずの指輪が薪の手から出てきたって、今さら大した驚きはなかっただろう。
「……ん……チュ、まき、さん」
ごそごそと動き出す青木が、薪の肩先や胸元と握っていた左手を唇で撫で始める。
薪は狸寝入りをしながら、漏れる吐息を殺し、身体の反応を抑えるのに必死だった。
そろそろ情事の後片付けなどをしながら、一日の準備を始める時間なのだろう。さすがの青木も週の初めにここまでハメを外すことはないだろうから、一回り歳下の若さがあるとはいえ、立て直すのはそれなりに大変だろう。と思いきや―――
「ああっ、夢じゃなかったんですね」
薄闇に慣れた目で薪の左手薬指の指輪を捉えた青木は、昨夜のまぐわいの疲労なんて何のその、しみじみと感涙にむせていた。
「起きるのか?」
「ええ。舞の支度がありますので」
昨夜無理をさせてしまった薪の身体を冷やさないように、布団を掻き集めて抱きくるみ、自分は拾った衣服を身につけてベッドから起き上がる。
「これも洗濯するんだろう?着替えを取ってくれ。僕も手伝うから」
「ありがとうございます」
二人きりのときなら薪に手伝いなんてさせない。でも今は舞と朝の時間を過ごしてくれようとする薪の気持ちを素直に受けとめたいと思う。
「そういえば、お前、一つ訊くが……」
着替えるついでに外した指輪を、青木の仕事机の上に置きながら薪が訊く。
「いつからこれを準備していたんだ?」
「あー、それはですね……」
青木は決まり悪そうに言い淀む。これは実は結ばれてすぐに張り切って用意した本気のペアリングだったのだ。
一線を超えたということは、この先一生薪と添い遂げるものだと信じて疑わなかった青木が誓いの証として贈ろうとした。が、薪の態度は違った。
相も変わらず「お前はまだ若い」とか「いい女性と結婚して家庭をもて」とかはぐらかし、終いには「お前とはただの火遊びだ」と宣う。
だから、せめて自分の34の誕生日には渡したいと思い直して温めていたのだ。
自分が初めて出会った時の薪の歳になれば、さすがに「若い」とはぐらかすこともできなくなるだろう、と。