2069 青誕 RING

「ひッ……!!」

 舞の送迎のため一旦離れた捜査室へと戻ってきたばかりの第八管区室長は、一歩踏み込んだ途端、ギクリと青ざめて大きな身体を仰け反らせる。
 そこにいるはずのない人物と鉢合わせたせいだ。
 そしてそれは、最恐かつ最愛の美しい人。

「薪さん……ど、どうしたんです」

「お前こそ、在宅勤務に切り替えるんじゃなかったのか」

「その予定でしたが、科捜研が思いの外早く動いてくれたので……」

 青木は会話をしながら室長室に脱いだコートを掛けにいく。
それ以外・・・・にも、身につけていたものを外してきたことに、薪は気付いていたが、追及はあえて後回しにした。

「舞は?迎えに行ったんだろう?」

「ええ、友達の家族と偶然会って、お誘いを受けたので、思い切って預けてきました」

「ふむ、お誘い……か」

 明るくてかわいくてしっかりものの舞がクラスでも人気者なのは、育ての親の欲目を差し引いても事実だ。親子共々好感度が高いし、二学期も終わりに近づき、シングルファザーの青木がこの若さで警察のエライ人で毎日忙しいことも何となくバレてきて、気にかけてくれる友人家庭がいくつかできつつあったのだ。

「ふーん、で、帰りは?」

「俺が帰宅ついでにタクシーで迎えに寄ります」

「なるほど。ママ友のネットワークは心強いな」

 薪は神妙な顔で頷き、青木も複雑そうな顔をして頭を掻く。

「室長」と呼ばれて捜査中のモニターを覗きに行った青木に代わり、薪が室長席につく。
青木の席に近づくと決まって周囲の奴らが椅子の高さを直しに飛んでくるのが、何とも癪に障る。何に?……青木のデカさ加減にだ。



「点が繋がってきましたよ。加害者の移動手段はおそらく新幹線でしょう」

「どこ行くんだ?」

 立ち止まる薪の横を通り過ぎ、室長室でコートを身につけて出てくる青木は「県警です」と明るく答える。

「被疑者の拘留をハッタリで半日延期してたんですが、これで正面切って余罪の追及もしてもらえます!」

「メールや電話があるのにわざわざアシでいくのか」

 青木の笑顔につられて薪の頬も知らずに緩んでいる。

「ええ。昼間の科捜研みたく後回しされると困ります。あなたが入手を早めてくれた証拠をすぐに捜査に繋げたいので!」

 青木は張り切って答え、出入口に向かう足を止めて、捜査室全体を見渡すように振り返った。

「ごめん白石。悪いけどJRから貰った防犯カメラデータから被疑者の類似情報を抽出したの、すぐ俺に送っといて」

 白石が向こうのデスクから顔を上げ、手を挙げて了解を示す。

「っ……それで、薪さん」

 そのやりとりを横目で見ていた薪に、青木が切実な目つきで向き直った。

「すみません、俺は県警行ってから舞を拾って帰りますので、よければウチの……」

「わかった。早く行け」

 言いたいことは解ってる。先に帰って母の様子を見て欲しいのだ。もちろんそれも含め助太刀するつもりでここにいるし、まずはここを片付けてからでも、夕食に間に合うように帰る算段をしていた。

「白石さん」

「えっ、は、はいッ」

 室長室からコートと例のもの・・・・をまた身に着けて出ていく大男をチラリと見送り、薪は室長席のPCを立ち上げる。

「データは僕が見るので急ぎ頼みます」

「……は……はいッ!」

 白石は返事とともに、姿勢を正して真剣に作業にかかる。
 引き締まる空気の中で、副室長も立ち上がり白石を手伝い始めた。
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