2067 青誕 おうちデート

おまけ #薪視点

青木の誕生日の朝。
寝惚けた僕は起きてすぐに、青木に誘われるままとろけるような甘いセックスをした。

「…………お前、どうかしたのか?」

シリアルとコーヒーの遅い朝食。
甘ったるい余韻の残る身体に、乱れたシーツから引っ張りだしたパジャマを纏い、重い頭で職場からの連絡を手早く確認した僕は、行儀よくダイニングの向い側でコーヒーを飲んでいる青木に訝しんだ視線を寄越す。

「えっ、昨夜ぐっすり眠らせていただいたおかげで、すこぶる好調ですが……何かおかしいですか?」

「…………」

明らかにおかしいだろ。
青木を見つめる僕の眉間の皺が深くなる。

「このコーヒー、美味いですね。すっきりしたコクもあって香りも深くて……」

「そうだな、甘過ぎる」

「えっ、ブラックなのに……って、薪さんどこへ行かれるんですか」

「こっちで飲む。お前のヘラヘラした顔見てたら胸焼けがしそうだ」

コーヒーカップを手にダイニングを離れた僕は、青木に背を向け、何も映ってないテレビの前のソファーに避難する。

昨夜から今日にかけて、青木と僕は三大欲求を充たす行為しかしていない……ここで僕が眠る青木の横で映画を一本観た以外は。
ある意味これ以上の贅沢はないし、満たされ過ぎたせいなのか、青木からだだ漏れる幸せオーラが煩いくらい眩しい。
それは本人が発するものだけじゃない。
早朝僕をとろかして二度寝に追いやった青木が、掃除と洗濯をきっちりと済ませていたおかげで、この部屋の景観や空気までもが清々しい輝きに包まれているのだ。


「映画、もう一本観るか?」

「はい。でもその前に来月のご相談を……」

「断る」

「何でそうなるんです?端から拒絶するってことは、薪さんは俺の云いたいことご存知ってことですよね?」

「…………」

「お察しのとおり、1月28日の週末あなたと少しお出かけしたくてですね…」

「休暇は無理だぞ。今回だって理由をしつこく探られて煩かったんだからな」

「相変わらず総監も、薪さん大好きなんですねぇ。でも答える義務はありませんよ、調整済みの休暇取得の理由を訊くなんて興味本位なだけですから」

「は?調整済み?そんなわけ……」

テーブルの携帯を青木から受け取りスケジューラを確認すると、きれいに調整された当日のスケジュールには、ご丁寧に“休暇予定”と入ってる。

僕は唖然とした丸い目で、ソファーの隣に腰をおろした長身の男を見つめた。

つまりこれはすべて第九のホワイト管区最前線の、第八管区室長様の差し金というわけだ。そして僕のスケジュールに触れる権限を持つ男は、ただ一人……

「チッ、岡部の奴、タダじゃおかないぞ…」

つまりこの状況は、大規模な緊急事態にでもならない限り青木の思い通りに事が運ぶということだ。

「あなたはもっとご自分の育てた部下を頼るべきなんです。俺のことも含めて」

そういう青木はノーネクタイでシャツは腕捲りしているとはいえ、よく見れば休日感の欠片もないスーツ姿だ。

「まあそれで俺も、あなたに少しでもゆっくり休暇を取って頂くことばかり考えてたら、部屋着や私服を持ってくるのを忘れたんですが……」

「ふ~ん……」
その意外な理由に、僕は意地悪く口の端を吊り上げる。
「驚いたな。お前のそれが、いざというとき僕の役目を“肩代わり”するためのスタンバイのつもりだったとは」

「いえ、そこまでは云ってませんよ。ただ急な事態に俺が対応できれば、あなたはここで指示するだけで済むか、少なくとも慌てて飛び出す必要はなくなるので……」

「なるほど、伝令くらいは務まるということだな」

「いえ、僭越ながら伝令以上の繋ぎにはなるかと……」

「青木」

苦笑まじりだった僕は、真顔になって向き直る。

「思い上がるなよ?お前の力量はさておき、第九は捜査員にたったの一日休暇をやれないほど人手不足じゃない。それがどんな有能なやつだとしてもだ」

僕はさらに青木に顔を近づけながら、襟を掴んでグイっと引き寄せた。

「休暇の日くらいはスーツを脱いで、お前のやりたいことに集中しろ」

「ひっ……」
上司の暴挙に慣れた筈の青木から、珍しく悲鳴があがる。
僕が耳元に唇を寄せ、手探りではずしたメガネをローテーブルに追いやり、首筋にちらりと舌を這わせたからだ。

「ちょ、薪さん映画は………」

「それがお前の“やりたいこと”なのか?」

「いえ…」

答えがノーなのは肌が知っている。僕を抱き竦めた青木の手はすでに僕の身体を撫でながら服を脱がしにかかってるのだから。

「映画は日を改めてまたここで観たいです。その際には寛げる服も持参しますので……」

「フッ、わかったから……」

青木の首に腕を巻き付ける僕の身体が浮き、光溢れるリビングからまた薄暗い寝室に逆戻りする。

昨夜までどこか遠慮がちだった二人の間の距離感が何故か消えて、触れあう肌がやけに甘い理由を、この時僕はまだ認識していなかった。

ましてやゆうべ眠る間際に自分の口から“恋人宣言”したことなんて全く―――
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