2067 青誕 おうちデート
………おき、青木、起きろ。終わったぞ。
「………え…………ええ、何がっ!?」
ソファーからはみ出んばかりのアクロバットな姿勢で薪の肩に凭れて寝ていた青木が飛び起きる。
「はぁあ………??」
薪のくつろいだ視線の先には、エンドロールが流れる大画面があって………
「いい映画だった。お前が気に入るのもよくわかる」
「ええ、だからそれをあなたと“一緒に”観たかったのに、ああ俺としたことがっ……」
頭を抱える青木に、薪は眉尻を下げて微笑んだ。
「仕方ないだろう。明日もまた何か一緒に観ればいいじゃないか」
形の良い笑みを浮かべたままの唇が、青木の唇にそっと触れる。
「………え……?」
意外だった。明日の予定はまだ白紙だ。薪の休日でもあるのだし、何がしたいか二人で決めようと考えていたが、まさか薪がそんなまったりした発想をするとは思いもよらなかったのだ。
いや、それ以前に優しく宥めるキスだって……
「………薪さん………」
肩に掛けられた薪の両手首を握り、青木は告白をはじめる。
「俺、30になりました」
「………ああ、そうだな。おめでとう」
薪はボリュームを落とした声で答える。
「これからも俺は、あなたと一緒に……」
言葉に滲む切実な思いを唇から掬いとるように、薪の唇がまた触れた。
薄い舌が滑り込んできて口内の熱を探って温もりが心地よく馴染むまで絡み合い、ふと、ほどけていく。
「………そろそろケーキを食べようか」
「………あ、は……い」
もしかして今のキスで俺は、告白をはぐらかされたのだろうか?
腕をすり抜け離れていく薪のしなやかな背中を見つめながら、青木は続きを呑み込むしかない。
数分もしないうちに、照明を絞ったままのリビングのローテーブルにケーキが据えられた。
ろうそくの炎が揺れる真っ白なレアチーズのケーキだ。
そして白のワインも。
「このケーキ、僕の好きな白に合うんだ」
熟れたイエローに染まったグラスを二つ並べ、純白のケーキに立てられたロウソクを青木が吹き消した。
繊細な口どけのクリームチーズと豊潤なミュスカの果実味の絶妙な味わいを、口にした二人は感嘆の表情で視線を合わせる。
そしてもう一度、同じ香りと味を唇の温もりを重ねてたしかめあって……
「このケーキ、実はな……」
小さなホールケーキは、ワインと溶け合いテーブルから跡形もなく消えていた。
薪も酔っているのか、珍しく饒舌だった。
「学生の時、鈴木とアウトドア旅行したとき道に迷って見つけたんだ。ガス欠寸前で空腹の中、田舎道でようやく辿り着いたのが“チーズケーキ専門店”って、笑えるだろ。野山帰りの煤けた男二人が嬉々としてチーズケーキをガツガツ食べて………」
薪の話がふと途切れた。
話を聞く青木のとろかすような深い眼差しに、吸い込まれたからだ。
「ええ、それで?続けてください。あなたの大切な思い出を、俺にもっと分けてほしいです」
薪は言葉も瞬きも忘れ、大きく見開いた目で青木を見つめ返す。
愛しさの塊みたいな笑みを浮かべた青木の差し伸べた大きな手が頬に触れると、薪はびくりと我に返った。
お気に入りのケーキとワインのマリアージュを二人で味わう幸福感が、無邪気な過去の記憶とシンクロし、混一した世界から引き戻されたみたいに―――
「ああ、やっぱりもうベッドへ行きませんか?」
「…………」
身を乗り出した青木の首にぎゅっと腕を回して、腰を浮かす仕草が薪の答えだ。
青木は軽い身体をそのまま抱き上げて、奥の部屋へと移動した。
「で、お前は何をしてるんだ?」
「ええ、一応、先輩からお借りした大切なものなので……」
「相変わらず律儀なやつだな」
先輩のジャージを膝の上できっちり畳んでいる裸の背中に、薪の白い腕が回る。
「ゴムはそこの引き出しだ。無しだとお前滅茶苦茶するから………必ずつけろ」
準備が終わるのを見届けた薪は、青木のメガネを外しながら意地悪く耳元で囁いた。
「まさかお前、いつも僕を優しく抱こうとするのも、僕のことを鈴木からの借り物と思ってるから……とか云うんじゃないだろうな?」
「いえ、それはないです」
振り返った大きな影に勢いよく覆い被さられて、薪は反射的に目を瞑る。
「あなたは誰のものでもない」
「……お……い、止せ……っ」
両手首をシーツに押しつけられ、のしかかる体重で動けなくされながら………薪の首筋や肩先、胸元に青木の舌が這う。
青木と一線を越えてからは自慰すらしなくなった身体が、無垢の快感にぞくぞくと震えあがった。
「でも抱き合ってる時は、俺だけを感じていてください」
「………んっ……」
薪の弱い部分を探り当てた口唇が、執拗にそこばかりを攻め立ててくる。
いつもなら逝かないように加減しながらの愛撫も、今日は吐精したって止めてもらえず、後ろを解す指も何本入っているのかわからないくらいに、もうぐちゃぐちゃだ。
“ああ、僕はまた罪深いことをしている”
激しい愛撫に身を預けながら薪は思う。
青木を突き動かすのは、無自覚だがおそらく嫉妬だ。
優しく愛されれば十分なはずなのに、一過性の強い感情に押し潰され身を焦がすのも悪くないと思う―――
「………え…………ええ、何がっ!?」
ソファーからはみ出んばかりのアクロバットな姿勢で薪の肩に凭れて寝ていた青木が飛び起きる。
「はぁあ………??」
薪のくつろいだ視線の先には、エンドロールが流れる大画面があって………
「いい映画だった。お前が気に入るのもよくわかる」
「ええ、だからそれをあなたと“一緒に”観たかったのに、ああ俺としたことがっ……」
頭を抱える青木に、薪は眉尻を下げて微笑んだ。
「仕方ないだろう。明日もまた何か一緒に観ればいいじゃないか」
形の良い笑みを浮かべたままの唇が、青木の唇にそっと触れる。
「………え……?」
意外だった。明日の予定はまだ白紙だ。薪の休日でもあるのだし、何がしたいか二人で決めようと考えていたが、まさか薪がそんなまったりした発想をするとは思いもよらなかったのだ。
いや、それ以前に優しく宥めるキスだって……
「………薪さん………」
肩に掛けられた薪の両手首を握り、青木は告白をはじめる。
「俺、30になりました」
「………ああ、そうだな。おめでとう」
薪はボリュームを落とした声で答える。
「これからも俺は、あなたと一緒に……」
言葉に滲む切実な思いを唇から掬いとるように、薪の唇がまた触れた。
薄い舌が滑り込んできて口内の熱を探って温もりが心地よく馴染むまで絡み合い、ふと、ほどけていく。
「………そろそろケーキを食べようか」
「………あ、は……い」
もしかして今のキスで俺は、告白をはぐらかされたのだろうか?
腕をすり抜け離れていく薪のしなやかな背中を見つめながら、青木は続きを呑み込むしかない。
数分もしないうちに、照明を絞ったままのリビングのローテーブルにケーキが据えられた。
ろうそくの炎が揺れる真っ白なレアチーズのケーキだ。
そして白のワインも。
「このケーキ、僕の好きな白に合うんだ」
熟れたイエローに染まったグラスを二つ並べ、純白のケーキに立てられたロウソクを青木が吹き消した。
繊細な口どけのクリームチーズと豊潤なミュスカの果実味の絶妙な味わいを、口にした二人は感嘆の表情で視線を合わせる。
そしてもう一度、同じ香りと味を唇の温もりを重ねてたしかめあって……
「このケーキ、実はな……」
小さなホールケーキは、ワインと溶け合いテーブルから跡形もなく消えていた。
薪も酔っているのか、珍しく饒舌だった。
「学生の時、鈴木とアウトドア旅行したとき道に迷って見つけたんだ。ガス欠寸前で空腹の中、田舎道でようやく辿り着いたのが“チーズケーキ専門店”って、笑えるだろ。野山帰りの煤けた男二人が嬉々としてチーズケーキをガツガツ食べて………」
薪の話がふと途切れた。
話を聞く青木のとろかすような深い眼差しに、吸い込まれたからだ。
「ええ、それで?続けてください。あなたの大切な思い出を、俺にもっと分けてほしいです」
薪は言葉も瞬きも忘れ、大きく見開いた目で青木を見つめ返す。
愛しさの塊みたいな笑みを浮かべた青木の差し伸べた大きな手が頬に触れると、薪はびくりと我に返った。
お気に入りのケーキとワインのマリアージュを二人で味わう幸福感が、無邪気な過去の記憶とシンクロし、混一した世界から引き戻されたみたいに―――
「ああ、やっぱりもうベッドへ行きませんか?」
「…………」
身を乗り出した青木の首にぎゅっと腕を回して、腰を浮かす仕草が薪の答えだ。
青木は軽い身体をそのまま抱き上げて、奥の部屋へと移動した。
「で、お前は何をしてるんだ?」
「ええ、一応、先輩からお借りした大切なものなので……」
「相変わらず律儀なやつだな」
先輩のジャージを膝の上できっちり畳んでいる裸の背中に、薪の白い腕が回る。
「ゴムはそこの引き出しだ。無しだとお前滅茶苦茶するから………必ずつけろ」
準備が終わるのを見届けた薪は、青木のメガネを外しながら意地悪く耳元で囁いた。
「まさかお前、いつも僕を優しく抱こうとするのも、僕のことを鈴木からの借り物と思ってるから……とか云うんじゃないだろうな?」
「いえ、それはないです」
振り返った大きな影に勢いよく覆い被さられて、薪は反射的に目を瞑る。
「あなたは誰のものでもない」
「……お……い、止せ……っ」
両手首をシーツに押しつけられ、のしかかる体重で動けなくされながら………薪の首筋や肩先、胸元に青木の舌が這う。
青木と一線を越えてからは自慰すらしなくなった身体が、無垢の快感にぞくぞくと震えあがった。
「でも抱き合ってる時は、俺だけを感じていてください」
「………んっ……」
薪の弱い部分を探り当てた口唇が、執拗にそこばかりを攻め立ててくる。
いつもなら逝かないように加減しながらの愛撫も、今日は吐精したって止めてもらえず、後ろを解す指も何本入っているのかわからないくらいに、もうぐちゃぐちゃだ。
“ああ、僕はまた罪深いことをしている”
激しい愛撫に身を預けながら薪は思う。
青木を突き動かすのは、無自覚だがおそらく嫉妬だ。
優しく愛されれば十分なはずなのに、一過性の強い感情に押し潰され身を焦がすのも悪くないと思う―――