2067 青誕 おうちデート
用意された服が薪自身のものではないことはサイズ的に確定だ。
もちろん代わりの持ち主が誰なのかも容易に想像がつく。
同時に “薪のことを誰よりも知りたい”なんていう望みを叶えるには高過ぎる“壁”の存在を思い知らされるのだ。
やっぱり……てかこれ、分かり易過ぎでしょう?
“K.SUZUKI”
シャワーを浴び、身を包んだジャージには、腕とズボンにしっかりネームが入っていて。恐縮のあまり青木は(大きいなりに)小さくなってバスルームから出てくる。
「そんなジャージですまないな。学生時代の旧い家に紛れてたのしかなくて…」
懐かしい目をしてはいるが、薪は鈴木の面影じゃなくちゃんと自分を見ていた。
薪は親切心で服を貸したのだろうし、そもそも部屋着を持参しなかった自分が悪いのだ。だが大先輩の有難~いジャージを身に纏った青木は、本日の主役にも関わらず、借りてきた猫のように大人しくならざるを得ない。
「日本酒でいいか?」
浮かない顔でテーブルについた大男の向かい側に、憧れの美しいひとが片口を手にちょこんと腰掛けた。
「お前、もし焼酎がよければ……」
「いえ、薪さんと同じのがいいです。あ、俺が、」
「いや、今日くらい僕に注がせろ」
「えぇ、はい。すみません……」
青木はぎこちない笑顔を作ってぐい呑みを差し出した。
洒落た錫の片口に添えられた綺麗な手指で注がれる美酒。
口にしたまろやかな味わいに、青木の表情の曇りはみるみるうちに消えていく。
「一日早いが、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
いただきます、と手を合わせ箸を取る青木に、薪がしれっと呟いた。
「あ、それ……お前の箸だから……」
「え……?」
「さっきデパートで買ったんだ。せっかくだからセットで」
「はあ……それはどうもすみません」
“セット”の意味を深く考えず薪の手元に視線をやった青木は、目を見開いて思わず二度見する。
薪の手にしている箸も新しくて、自分のより一回り小さく………って、これはもしや………
「薪さんっ、これまさかの夫婦箸っ!!」
「大袈裟に捉えるんじゃない。二つセットだと“こういうの”しかなかっただけだ」
ええ、箸二膳のセットといえばまずこういうのしか無いでしょう……と青木は心の中で突っ込む。
でも単品で二つ買うのではなくあえてセットを求めた薪の行動に愛情を感じてしまうのは、俺の思い上がりなのだろうか?
何はともあれ薪とともに夫婦箸で味わう誕生日の鍋が美味しくないわけがない。
でも自分の舌で味わうことよりも、ふわふわの鶏団子とかの具材を一つ一つ口にするたび見せる薪の表情の小さな変化が、青木にとって一番のご馳走だった。
しかも今夜はまだ長い、特別な夜だ。
「……あの、薪さん。ちょっと映画でも観ませんか?」
キッチンで後片付けをする薪に、リビングのソファーから青木が声をかける。
「おすすめのがあるんです。テレビお借りしていいですか?」
「ああ、好きにしろ。じゃあケーキはその後だな」
「ええ、そうしましょう」
めったに電源の入ることのない薪の部屋のテレビに、青木のスマホのコンテンツが流れはじめる。
「俺……こういうこと……薪さんとするのが夢だったんですよね………」
ソファーに寄り添って座り、画面を見ながら嬉しそうに呟く青木の横顔を、ちらりと見ながら薪は肩に凭れた。
年に一度のこの日くらいは天邪鬼を封印してやろう、と心に決めていたのだ。
今は夜10時。映画を一本観終わるころに、ちょうど日付が変わるだろう。
その瞬間をどんな顔して一緒に迎えればいいのか、不慣れなりにもくすぐったく胸が踊る。
もちろん代わりの持ち主が誰なのかも容易に想像がつく。
同時に “薪のことを誰よりも知りたい”なんていう望みを叶えるには高過ぎる“壁”の存在を思い知らされるのだ。
やっぱり……てかこれ、分かり易過ぎでしょう?
“K.SUZUKI”
シャワーを浴び、身を包んだジャージには、腕とズボンにしっかりネームが入っていて。恐縮のあまり青木は(大きいなりに)小さくなってバスルームから出てくる。
「そんなジャージですまないな。学生時代の旧い家に紛れてたのしかなくて…」
懐かしい目をしてはいるが、薪は鈴木の面影じゃなくちゃんと自分を見ていた。
薪は親切心で服を貸したのだろうし、そもそも部屋着を持参しなかった自分が悪いのだ。だが大先輩の有難~いジャージを身に纏った青木は、本日の主役にも関わらず、借りてきた猫のように大人しくならざるを得ない。
「日本酒でいいか?」
浮かない顔でテーブルについた大男の向かい側に、憧れの美しいひとが片口を手にちょこんと腰掛けた。
「お前、もし焼酎がよければ……」
「いえ、薪さんと同じのがいいです。あ、俺が、」
「いや、今日くらい僕に注がせろ」
「えぇ、はい。すみません……」
青木はぎこちない笑顔を作ってぐい呑みを差し出した。
洒落た錫の片口に添えられた綺麗な手指で注がれる美酒。
口にしたまろやかな味わいに、青木の表情の曇りはみるみるうちに消えていく。
「一日早いが、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
いただきます、と手を合わせ箸を取る青木に、薪がしれっと呟いた。
「あ、それ……お前の箸だから……」
「え……?」
「さっきデパートで買ったんだ。せっかくだからセットで」
「はあ……それはどうもすみません」
“セット”の意味を深く考えず薪の手元に視線をやった青木は、目を見開いて思わず二度見する。
薪の手にしている箸も新しくて、自分のより一回り小さく………って、これはもしや………
「薪さんっ、これまさかの夫婦箸っ!!」
「大袈裟に捉えるんじゃない。二つセットだと“こういうの”しかなかっただけだ」
ええ、箸二膳のセットといえばまずこういうのしか無いでしょう……と青木は心の中で突っ込む。
でも単品で二つ買うのではなくあえてセットを求めた薪の行動に愛情を感じてしまうのは、俺の思い上がりなのだろうか?
何はともあれ薪とともに夫婦箸で味わう誕生日の鍋が美味しくないわけがない。
でも自分の舌で味わうことよりも、ふわふわの鶏団子とかの具材を一つ一つ口にするたび見せる薪の表情の小さな変化が、青木にとって一番のご馳走だった。
しかも今夜はまだ長い、特別な夜だ。
「……あの、薪さん。ちょっと映画でも観ませんか?」
キッチンで後片付けをする薪に、リビングのソファーから青木が声をかける。
「おすすめのがあるんです。テレビお借りしていいですか?」
「ああ、好きにしろ。じゃあケーキはその後だな」
「ええ、そうしましょう」
めったに電源の入ることのない薪の部屋のテレビに、青木のスマホのコンテンツが流れはじめる。
「俺……こういうこと……薪さんとするのが夢だったんですよね………」
ソファーに寄り添って座り、画面を見ながら嬉しそうに呟く青木の横顔を、ちらりと見ながら薪は肩に凭れた。
年に一度のこの日くらいは天邪鬼を封印してやろう、と心に決めていたのだ。
今は夜10時。映画を一本観終わるころに、ちょうど日付が変わるだろう。
その瞬間をどんな顔して一緒に迎えればいいのか、不慣れなりにもくすぐったく胸が踊る。