2067 青誕 おうちデート

「薪さん、食材一旦ここに入れときますね」

二度めの訪問に胸踊らせながら薪の部屋へ上がった青木が、冷蔵庫を開けた手を止める。
物がほとんど入ってない棚にぽつりと置かれた、ケーキらしき小箱に気づいたからだ。

「え、これ……」

「ああ、気に入りの店から取り寄せて解凍しておいた。誕生日といっても、僕にはそのくらいしか思いつかなくて……」

玄関先で不審物チェック(青木にも実施済)を終えて、部屋に入ってきた薪が頬を染めて答える。

「ま、薪さんが俺のためにお取り寄せスイーツなんてっ……」

「ばか、そんなことで泣くんじゃないっ!」

感無量の表情で眉をひそめ目を潤ませる大男を、薪が慌ててたしなめた。
まったく、この程度で感涙されては、先が思いやられるじゃないか。



「さ、俺は鍋仕込んでおきますので、薪さんは先にお風呂でも……」

「………わかった」

張り切る青木が背広を脱いでキッチンに立っている。
やけに凛々しいその大きな背中にときめきを押さえられない薪は、俯いてバスルームへと逃げ込んだ。

青木の居たあの空間は、自分の家なのに違う場所みたいだ。
僕はあの温かい生活感の中に何食わぬ顔して紛れ込んでいいのだろうか?
胸の高鳴りが収まらないまま服を脱ぎ、シャワーのカランをひねる。
そもそも青木と踏み出したこの関係さえ、どうしたらいいのか、まだわからないのに―――


「あ、薪さん。ちょうど良かった。味見を………ちょっと待ってくださいね……」

「っ、お前何やってんだ」

青木が取り皿にとった少量のだし汁にフーフーと息を吹きかけ冷ましてるのを、見かねた薪が恥ずかしそうに取り上げる。

「…………!」

「どうしました?お口に合いませんか?」

「………いや……美味しい」

「…………」

今度は青木が言葉を失う番だった。
「お前、料理上手いんだな」と大きな目を見開いたまま皿を空っぽにしてしまう薪に愛しさが急激に込み上げて。

「あとは僕が見ておくから、お前もシャワーを浴びてきたらどうだ?」

腕組みをした薪が、手際よく具材がセットされた鍋を覗き込みながら言う。

「わかりました。あの……」

「ん?」

「要領はわかりますか?」

「大丈夫だ。料理は僕も一通りできる」

何気なく零れてくる薪のプロファイルを、青木はひそかに胸におさめる。こうして集めた断片を少しずつ繋げていけば、いつか薪さんというひとを誰よりも知ることができるだろうか……?


「青木。着替えはどうした?」

「あっ、いえ。大丈夫です……スーツやシャツの替えはあるので」

「………」
薪は呆れた顔をして、青木が替えの服を持たずに消えていったバスルームのドアを見つめる。


「部屋着がわりに、昔の服だがここに置いておくからな」

脱衣場に入ってきた薪の声を、シャワーの流水音に紛れて背中で聞く。
その言葉は鈍い痛みとともに青木の胸に響いた。
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