☆2065←→2064 手紙。

あのバカめ。

もう僕に構うなというのに。

2064年10月。
オフィスに届いた私信を持ち帰った、単身住まいのパリのアパルトマン。
震える指でもう一度開けた手紙を、何度となく読み返し、無意識の愛しさを募らせる。

熱い視線で辿る、筆圧に気合の籠もった誠実で整った文字。

「第八管区の捜査の指揮と、室長の仕事と舞の世話で手一杯」の年若い元部下が、一日の仕事を終えた夜更けの自室で、姿勢を正して、大真面目な顔で何度もやり直しながらしたためる様子が目に浮かんで、泣き笑いだ。

“家族?”

“この僕と?”

笑わせるな。
僕だってその言葉の本当の温もりを、知らないわけじゃない。
幼い頃にはあったけど、ずっと前に失くして、今はもう無いことにも慣れている。
守るべきものを、図らずも自らの手で壊した。
その罪を償うため、自分の存在さえ消し去ろうとしたのに、死に時も死に場所も逸して。
それだって、青木あいつのせいだ。
大切なもの、しあわせを感じる気持ちが、また生まれてきてしまうのもすべて。

でも今回ばかりは、お前の思い通りにはならないぞ。
お前が想い描くような善き人の世界に、腐った僕は踏み込めない。
わかってる、決めているのに、止まらない涙が枯れ果てた眠りの中で―――その“事件”は起きた。




一方で、2065年10月にも同時に“事件”は起きていた。

“青木”

“なぜ気づかない”

“お前が一番手のかかる家族だ”

眠ってるはずなのに、脳裏に切実にひびく薪の声と、肌に感じる気配。
夢なのだろうか?
声を出そうとしても、唇も、声帯も、動かない。

手紙、読んでいてくれたんですね?薪さん。
あなたがそう思ってくださるなら俺は……

“ゆっくりで、いいんです”

“家族になりましょう、俺たち”

込み上げる思いを紡ぐはずの唇は、閉ざされたまま。瞼も上がらず指先一つ動かないまま、青木は思う。

お前ナニ寝ぼけたこと言ってるんだ!?手のかかる家族、とはもののたとえだ!!と冷たく一蹴されても構わない。
今、胸に届いたあなたの心の声は、呼応せずにはいられない熱を帯びて、俺の心身を疼かせるのだから。

と、その時。

パサ、と自分の身体を覆う布団の上で、僅かに空気が動いた。

薪の手を離れた一通の“手紙”の僅かな重みを、身体が受け取った感覚。それは魂が振動するような未知のものだった。


次の瞬間。



「あおき!」

「まきさん!」

違う時空、違う場所で、二人は同時に、自分の発した声に耳を疑う。

「あおき」と呼んだその声は青木のもの・・・・・で、「まきさん」と呼んだ声は薪のもの・・・・だったのだから。
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