2064 Caribbean wedding

 先般国内のシンポジウムで発表した“可視光線以外の可視事例”。
それを引っ提げて、薪さんに連れられNYに乗り込んだのが、その翌年の夏のことだ。

「M.D.I.Pには発表でも、願い事をしにいくんでも無い、連携だ。今後開発を進めるにあたっても舵を取る前提のプレゼンだぞ」

 薪所長から厳しいオーダーと、経過報告の都度冷たい視線と罵倒、終いには「思い通りに動かせないならお前がNYむこうで働くんだな」と凄味のきいたパワハラの重圧をかけられ続けたこの数ヶ月。
 生きた心地がしないまま幾多の窮地を乗り越えて、気がつけば今ここで、最恐かつ最愛の人と二人きり、カリブ海の夕陽を眺めている。

 一仕事を終えた休息の時間を過ごしに、あるリゾート地へと立ち寄ったのだ。
 この部屋と同じ間取りの角部屋に、俺たちは二人で泊まったことがあった。そう、あれから丸二年。三好…いや黒田雪子先生の結婚式以来だ。


 楽園とはまさに、ここなのだと思う。美しい人とバルコニーのソファーで寄り添い、トロピカルフルーツたっぷりのティーパンチを飲みながら、夕陽の海を眺め、波音を聴く非日常の幸福。
 夢なら醒めないで、じゃなくこのところの悪夢から醒めた極上の時間がゆったりと流れている。

「空飛ぶの、間に合いませんでしたね」

「ふ、もう前に飛んだだろう」

 ああ、そうか。
 珍しく柔らかなトーンで返す薪さんが口元を綻ばせるのを見て、俺はふと思い立つ。
 あの時も幸せで舞い上がった。
 でも、したくてもできなかったこともある。
それをしに今夜ここへ来たのだとするなら、したいことは俺にもある。よしっ。

「夕食は部屋で頼もうか」

「はい。でも、薪さん……」

 室内に籠もるのは俺も賛成だ。寛ぐ薪さんに見惚れる俺はもう一歩も部屋を出る気はない。この人のこの甘さを、俺だけのものにしたいから。

「その前に一つだけ、あの……」

「??」

 二年前は横目に素通りして、シャワーだけ一人で浴びた二人用ジャグジー。あの時よぎった“薪さんと一緒に入る”妄想を実現したくて、頼み込んだのだ。

 ガラス張りの解放感の中で全身が気泡に包まれる気持ちよさ。傍らには薪さんが羞じらう様子もなく綺麗な身体をバスタブの中に投げ出している。その肌が上気し、潤む瞳が妙に艶めかしく映るのは、俺が発情してるせいなのだろうか?

 いや、たぶん違う。
 発情してるのは、俺だけじゃない。

「おい、そろそろ上がるか?」

「ええっ、まだ入ったばっかじゃないですか」

「はぁ……」

 薪さんは湯に浸かりもじもじと身じろぎしながら、俺に擦り寄りぴたりと肌をくっつけてくる。

「ど、どうしました?」

「水流が強すぎる。アツいし……」

 なんて繊細で敏感な……やっぱりもうスイッチが入ってるのか。
 薪さんの顔を覗きこむと、困惑するように眉根を寄せた上目遣いが俺のハートを撃ち抜いた。

「……そうですか。じゃあ身体を洗って上がら、ないと……」

 抱きとめただけでビクリと震える肌に触れ、迫り上がる欲情で俺の声も上擦る。

「……あ……止……せっ」

 ジェットを止めてバスタブの栓を抜き、きめこまやかな泡ソープを手の平に載せて腕の中の敏感な肌を弄ると、嫌がるように首を横に振りながらも、しなやかな脚が絡んでくる。

「……は……ぁっ……」

 減ってゆく湯量で露わになる、粟立つ胸元も、芯をもつ下肢のつけ根も、そして後ろの窄みも泡で覆いながら、洗浄と愛撫の入り混じりった前戯に、俺は夢中になった。



「薪さん……」

 あの晩と同じだ。
 首に抱きつかれたままベッドに縺れ込む。

 違うのは、タオルドライしただけの湿った髪も肌もどこも同じ香りで、境目がわからない身体を早く一つに結びたくて探り合っていること……

「愛してます」

 フン、と鼻で嗤うように、微笑んだ唇からキスが返された。
 言葉は無いけれど、いつも身体が応えてくれる。
 はじめての夜からずっと、こんなにも深くまで、熱く、とろけるように受容されることがあるんだといつも驚いている。
 あんなに大切にしようとしていた薪さんの気持ちを言葉で確かめるより先に、身体を重ねてしまった。重ねるたびのめり込み、もう半年間も貪り続けてしまっている。



「……は……っぁ……っ………」

 薪さんの締めつけの中で本能だけを刻む。

「……もっと動け」

「……え?」

「お前はいつも……僕を労りすぎだ」

「??」

「好きに動け。傷つけてもいいから……」

 妖艶な囁きにつられてドクンと増幅する体内の圧迫に、薪さんが息を詰める。

「いつもそうしてますよ」

 嘘といえば嘘だし、でもそれが本心だった。
 気持ちよく発散するだけならもっと乱暴にできるれど、愛するならこれがいいのだ。

「っ、これが、最後、かも……しれないんだぞ……」

「そうはさせませんよ。俺が死なない限り」

 繋がったまま体位を変え、後ろからさらに奥へと這入りこむ。喘ぐ吐息とともに綺麗に反る背中に見惚れながら、愛するための抽送を繰り返し、結んだ身体の反応とともに上りつめていく。



 情事に埋没したおかげで夕食を摂りそこねた。

 発散したのに結合を解きたくない身体を抱き合わせ、まだひとつのままでいる。

「まきさん」

 ふと、顔が見たくなって、手探りでベッド際の照明の絞った灯りの明度を上げた。

「……ん……」

 紅顔の泣き腫らした子どもみたいな表情の薪さんは、俺の頬を両手で包んで夢中のキスをくれる。

 その澄んだ瞳を覗いた時、いつか棄てられる不安は、根拠のない強い絆への確信に変わっていた。
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