2064 Caribbean wedding
キスをしたら、一線を越えたことになるのだろうか?
少なくとも自分はそうだ。
昨年、M.D.I.Pを視察した夜、薪からのキスに応えた。その後堰を切ったように自分からも何度もキスをして……命よりも大切なひとに初めて唇で触れた思い出だ。
酔っていたせいか拒絶されなかったし、唇を重ねるたび湧き上がる強い願望を自覚せずにはいられなかった。
“幸せになってほしい“じゃなくて”幸せにしたい”
おこがましいかもしれないけれど、一度芽生えた気持ちは、もう無かったことにはできない。
二人で入る形状のジャグジーを横目に、青木は一人でシャワーを済ませる。
脱衣所に置かれたローブを広げてみると、丁度いいサイズで、それを着て薪の元へ戻った。
そして、目を疑って立ち止まる。
「えっ、薪さん……」
籐製のソファーの大きなクッションに身を預けた薪は、ウイスキーグラスに片手にとろんとした目を青木に向ける。
「ど、どうして飲んでるんです!?」
「ん、喉が渇いたから」
「そんな、飲み物なら他にもあるでしょう」
眉をひそめて駆け寄り、危なっかしく傾いたグラスを取り上げる青木に、引き寄せられるように薪の唇が近づいてくる。
「っ、薪さ……ん……っ」
あの晩と同じだ。
何も言えず、キスだけがはじまって。
酔っ払われると、告白もできない。“酔う”のと“渇きを癒す”のは違う、ってわかってるくせにこの人は、まったくの確信犯だ。
「……は………ぁ」
抱きとめた身体から漂ういい匂いと魅惑的な肌の感触。
受け止めた唇を薪が甘く噛んでくるから、舌で撫でながら吸い返して熱い口内に割り込んで、ちょっとスモーキーなドライフルーツの香りを纏う舌を絡めとる。
「……ああもう、」
艶めかしく部屋に響くリップ音が直接脳にも入りこんできて、堪らなくなった青木が、薪の両肩を掴んで身体ごと唇を離した。
「止めましょう!こんなこと」
「嫌なのか?」
薪の上目遣いをずるいと思いながら、顔をそらしつつも視線を外せない。
「嫌なんじゃありません、逆です。だからこそもっと俺を警戒してくださらないと!!」
「??」
「あなたにキスできるってことは俺、それ以上のことだってできるんですよ?」
「…………それ以上?」
今どき高校生でもそんな無垢な顔はしないだろう。
まん丸にした目をぱちくりさせて、薪は首を傾げた。
「今、するのか?」
「っ、しません。ていうか、できませんよ」
興奮の持って行き場がない青木は、薪から手を離し、ソファーに座り直して渋い顔で腕組みをする。
「意気地がないな。パワハラな元上司を手籠めにするチャンスだぞ」
「なっ……」
青木が飛び退くように薪を見て、熱の籠もった目を哀しそうに潤ませる。
その反応を見た薪は、俯いてふいっと横を向く。
「そうやって、酔ったり、手籠めとか言ったり……ヤケクソみたいになってるあなたを抱けるわけないでしょう」
「…………」
「俺は、あなたを大切にしたいんです」
顔をそむけた相手への告白は難しい。表情が読めないばかりか、にわかに酔っ払って、肩を震わせている様子からは、何一つ気持ちが汲み取れない。
「フッ、それ以前にお前、男の抱き方知ってるのか?」
「知りません。けど今は手段の話をしてるんじゃなくて……もし俺があなたとそうなれるなら……」
熱っぽく押し出す青木の言葉が途切れる。寄り添う身体を押し退けるように、薪がすっくと立ち上がったからだ。
「萎えた。もう寝る」
「えっ、あ、薪さん」
歩きだそうとしてよろめく身体を、背後から慌てて青木が抱きとめる。
腕の中の薪はまるで子どもみたいだ。身体をこっちにねじらせ抱っこをせがむように首にしがみついて、胸に顔を埋めてくる。
「ベッドへ……運びますね」
優しく頭を撫でながら囁いて抱き上げると、しがみつく腕に力をこめながら身を任せてくる仕草が二歳児の養娘と重なって父性を擽られる。
そのまま青木は寝室を探して、薪をベッドにそっとおろした。というか、首に巻き付いた腕が離れないので、一緒に横になるしかない。
「あおき……」
「はい?」
ベッドの中で抱きついて離してもらえない状況下で、慾情と隣合わせの張り詰めた青木の返事にのあとには何も続かなくて。
かわりにきこえてくる寝息とともに、首に巻き付いた腕の力が次第に緩んで、小さな頭がしっくりと腕枕におさまる。
至近距離の薪の寝顔は、眼鏡をはずしてもしっかりと捉えることができた。そして……
「……ん……」
薪の唇の端がふと緩んだかたちが、日中、洋上の空で見たときの笑顔に似ていて。青木は思い出をなぞるようにそこへ自分の唇を重ねた。
少なくとも自分はそうだ。
昨年、M.D.I.Pを視察した夜、薪からのキスに応えた。その後堰を切ったように自分からも何度もキスをして……命よりも大切なひとに初めて唇で触れた思い出だ。
酔っていたせいか拒絶されなかったし、唇を重ねるたび湧き上がる強い願望を自覚せずにはいられなかった。
“幸せになってほしい“じゃなくて”幸せにしたい”
おこがましいかもしれないけれど、一度芽生えた気持ちは、もう無かったことにはできない。
二人で入る形状のジャグジーを横目に、青木は一人でシャワーを済ませる。
脱衣所に置かれたローブを広げてみると、丁度いいサイズで、それを着て薪の元へ戻った。
そして、目を疑って立ち止まる。
「えっ、薪さん……」
籐製のソファーの大きなクッションに身を預けた薪は、ウイスキーグラスに片手にとろんとした目を青木に向ける。
「ど、どうして飲んでるんです!?」
「ん、喉が渇いたから」
「そんな、飲み物なら他にもあるでしょう」
眉をひそめて駆け寄り、危なっかしく傾いたグラスを取り上げる青木に、引き寄せられるように薪の唇が近づいてくる。
「っ、薪さ……ん……っ」
あの晩と同じだ。
何も言えず、キスだけがはじまって。
酔っ払われると、告白もできない。“酔う”のと“渇きを癒す”のは違う、ってわかってるくせにこの人は、まったくの確信犯だ。
「……は………ぁ」
抱きとめた身体から漂ういい匂いと魅惑的な肌の感触。
受け止めた唇を薪が甘く噛んでくるから、舌で撫でながら吸い返して熱い口内に割り込んで、ちょっとスモーキーなドライフルーツの香りを纏う舌を絡めとる。
「……ああもう、」
艶めかしく部屋に響くリップ音が直接脳にも入りこんできて、堪らなくなった青木が、薪の両肩を掴んで身体ごと唇を離した。
「止めましょう!こんなこと」
「嫌なのか?」
薪の上目遣いをずるいと思いながら、顔をそらしつつも視線を外せない。
「嫌なんじゃありません、逆です。だからこそもっと俺を警戒してくださらないと!!」
「??」
「あなたにキスできるってことは俺、それ以上のことだってできるんですよ?」
「…………それ以上?」
今どき高校生でもそんな無垢な顔はしないだろう。
まん丸にした目をぱちくりさせて、薪は首を傾げた。
「今、するのか?」
「っ、しません。ていうか、できませんよ」
興奮の持って行き場がない青木は、薪から手を離し、ソファーに座り直して渋い顔で腕組みをする。
「意気地がないな。パワハラな元上司を手籠めにするチャンスだぞ」
「なっ……」
青木が飛び退くように薪を見て、熱の籠もった目を哀しそうに潤ませる。
その反応を見た薪は、俯いてふいっと横を向く。
「そうやって、酔ったり、手籠めとか言ったり……ヤケクソみたいになってるあなたを抱けるわけないでしょう」
「…………」
「俺は、あなたを大切にしたいんです」
顔をそむけた相手への告白は難しい。表情が読めないばかりか、にわかに酔っ払って、肩を震わせている様子からは、何一つ気持ちが汲み取れない。
「フッ、それ以前にお前、男の抱き方知ってるのか?」
「知りません。けど今は手段の話をしてるんじゃなくて……もし俺があなたとそうなれるなら……」
熱っぽく押し出す青木の言葉が途切れる。寄り添う身体を押し退けるように、薪がすっくと立ち上がったからだ。
「萎えた。もう寝る」
「えっ、あ、薪さん」
歩きだそうとしてよろめく身体を、背後から慌てて青木が抱きとめる。
腕の中の薪はまるで子どもみたいだ。身体をこっちにねじらせ抱っこをせがむように首にしがみついて、胸に顔を埋めてくる。
「ベッドへ……運びますね」
優しく頭を撫でながら囁いて抱き上げると、しがみつく腕に力をこめながら身を任せてくる仕草が二歳児の養娘と重なって父性を擽られる。
そのまま青木は寝室を探して、薪をベッドにそっとおろした。というか、首に巻き付いた腕が離れないので、一緒に横になるしかない。
「あおき……」
「はい?」
ベッドの中で抱きついて離してもらえない状況下で、慾情と隣合わせの張り詰めた青木の返事にのあとには何も続かなくて。
かわりにきこえてくる寝息とともに、首に巻き付いた腕の力が次第に緩んで、小さな頭がしっくりと腕枕におさまる。
至近距離の薪の寝顔は、眼鏡をはずしてもしっかりと捉えることができた。そして……
「……ん……」
薪の唇の端がふと緩んだかたちが、日中、洋上の空で見たときの笑顔に似ていて。青木は思い出をなぞるようにそこへ自分の唇を重ねた。