2064 Caribbean wedding

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10時30分ちょうどに部屋の呼び鈴が鳴る。
それも、かなりしつこく。
この鳴らし方をするのは誰なのか、過去の経験上、薪は知っている。

知っていたのに、ドアスコープを覗いて驚いた。
くたびれた早朝とはうってかわって、フォーマルスーツを完璧に着こなした青木が行儀よく控えていたからだ。

「お前……っ」

「準備は整いましたか?さぁ行きましょう」

追い払おうとドアを開けた薪の手を、恭しく取る青木。

「よせっ、格好悪いだろっ!」

令嬢をエスコートするんじゃないんだぞ!アラフォー警察幹部の立派なオジサンなんだからな!!
心の中でそう吐き捨て、青木の手を振り払った薪は早足で歩きだす。

「行くぞ」

「あっ、薪さん待って」

追いかける薪の背中は凛々しく、興奮で逆立てた髪はまだ落ち着かない。でもそれだけじゃない。ドアを開けた瞬間の大きな目を見開き頬を染めた一瞬の表情に、青木は男心を絶妙にくすぐられながら、その後を追った。


カリビアンブルーの海を一面に見渡す場所で、かわらぬ愛と、共に歩む未来を誓う。
亡き恋人の名前の一部や、新郎の名前に由縁のある“海”が照り返す陽光みたいに、雪子の笑顔はキラキラ輝いている。

“きっとむこうで克洋くんも全力で応援してくれてると思うからさ”
故人の心は思う側に棲むから。幸せの巻き添えにだってできるのかもしれない。きっと彼女はそれを身をもって伝えたくて、薪をここへと呼んだのだろう。


正午にかけての結婚式が終わると、テラスでのランチパーティーが始まる。式に参列した互いの家族と、ごく親しい友人が集うカジュアルな食事の場だ。

科警研からは第一のスガちゃんとその婚約者、第九から青木と、M.D.I.Pの薪。あとは学生時代の雪子の友人が夫と子連れで一組参加。
相手側も友人家族一組と、数名の友人のグループ。
そして両家の親族。
パーティーといっても、それぞれのグループが、付かず離れずの距離でコース料理を愉しむ。そのテーブル一つ一つへ花嫁と花婿が挨拶に回る、自然体で気楽なスタイルだった。


「薪さん、このモーレってソース、いろんな色のが出てきますが、どれも美味いですね」

「…………」

「あ、待った。チリコンカンと緑のモーレにうまそうな肉と野菜!!景色に映えて綺麗ですので、一緒に写真を撮りましょう」

「おいっ、待……」

料理と景色を入れてケータイのカメラをかざしながら、顔を近づけてくる青木に薪はギョッとする。が、当の本人は全く悪びれず、撮った画像を得意気に室長グループLINEに投稿している。
呆れながら薪は自らに言い聞かせる。
動揺している自分こそおかしいのだ。後ろめたいことは何もないのだから、と。


「つ~よし君」

「えっ、」

振り向くとともに思わず捕ってしまったのは花嫁の…………ブーケ??

「雪子さん。これは?」

「ナイスキャッチ♪私抜群のコントロールでしょ?」

「渡す相手間違ってますよね、少なくとも僕じゃ、」

「あら、あなたしかいないのよ。今日の参加者、他はカップルばかりだもの」

手渡されたブーケを慌てて返そうとする薪に、雪子は笑顔でしれっと答えた。

「さあ、記念撮影しましょ。ほら青木くん、こっち来なさい」

隣のテーブルでカメラを頼まれそのまま談笑している青木の背中をつついた雪子は、二人の間に立ってそれぞれに両腕を絡める。

「さあ、撮るわよ。つよしくん笑って!一生に一度の私の記念に……」

「ま、待ってください!これじゃ俺、両手に花じゃないですか!」

雪子に腕を取られたまま、青木がおもむろにもう片方の手を振って大声を張り上げた。

「黒田さん!!こちらへお願いします!!」

自分が両手に花というより、両手に男子なのは雪子の方だ。

「さあ、いらしてください!こちらでお写真を……」

 どこかの子どもと戯れていた新郎を、青木がさっさと連れてきて、はしゃぐ新婦の後方に新郎を誘導し、自分は薪のすぐ後ろに立つ。

「つよしくん、一緒に笑うのよ!ほら、チーズっ♪」

 上機嫌で薪に抱きつき頬を寄せて写真に収まった雪子が、隣の薪に苦笑混じりに囁いた。

「あなたの彼氏、意外と独占欲が強いのね。私にはカケラも見せなかったけど」
「……!?」

「あなたとの間に主役の私さえ入れたくないなんて、失礼すぎるわよね」

「っ、別にあいつはそんなつもりじゃ……」

いやそれ以前に彼氏でもないし!!
動揺しながら青木を見上げた薪は、新婦を見つめる新郎ばりに真摯な視線と優しげな微笑に出会い、目を見開いたまま固まってしまう。


「さあ、食事の続きをしましょうか」

「ああ、うん……」

錯覚してしまう。
部下のくせに距離感どころか境界線を越えてきて、あっという間にこいつの視線や笑顔や言葉に自分の中が占領されている。
そして、独り占めしあっているみたいに二人して向き合うのだ。
非日常の美しい海のテラスで―――
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