2064 Caribbean wedding
“つよしくん、お元気ですか?突然ですが私、2064.7.5 結婚式を挙げます。その日は空けといてね!”
執務中の静かな所長室に、突然舞い込んだ三好雪子からのメール。
チェックした薪は、記された日付に目を疑った。平日だ。しかもこの日は…………
「えっ、もしもし?」
『薪です。雪子さん、ご結婚おめでとうございます』
人生三度目の薪からの着信は、動揺を隠した謎の祝福コールだった。
「あら、つよしくん。わざわざありがとう」
『いや、その日取りは……』
「え?」
『青木も了承してるんですか?』
「えっと……あの子にはまだこれから連絡するとこだけど」
『えっ、二人で一緒に決めたんじゃ……』
「はぁあ?何で私があの子と二人で??」
二人してようやく互いの会話が噛み合ってないことに気づく。
「え、待って、つよしくん。まさか私の結婚相手が青木くんだと思ってるってこと??そんな馬鹿なことあり得ないからっっ!!」
薪が誰より雪子の幸せを願ってくれているのは、よーく知っている。
だが青木とのことはとっくにもう過去だ。偶然にも死に別れた恋人に似た顔立ちの男が薪の傍にいて。あれは、おかしくなっていたのだ。薪も、自分自身も……いや、結局三人とも。
最初、青木から差しのべられた手を取ったのは、完全に薪への当てつけからだった。
でもいつしか自分は、その大きな手の誠実な温かさを好ましく思うようになっていた。
なのに向こうは逆に自分を手放したのだ。
薪への一途な愛を無自覚にも見せつけて。
「ああもう、こーなったら教えてあげるわよ!私と婚約解消する時、あの子があなたのこと何て言ってたのかをね!」
薪さんは最後まで俺と戦ってくれる人。どんな絶望的な状況でも一緒なら希望がもてる。絶対に裏切らない。そんなふうに思えるただ一人の人だと……この際全部伝えてやった。目の前で自分以外の誰かへの想いをこんなふうに語られて、復縁なんか考えられるわけがないでしょ、と嫌味を添えて。
「とにかく、招待状送るから来てよね」
長い沈黙のあと薪が訊く。
『本当にこの日でいいんですか?』
「そうよ。その日はあなたも、まあなんとなく他の予定とか入れない日かな、って思って」
『…………未練では、ないんですね?』
「もちろん。この日を私の新しいスタートにしたいだけ。きっとむこうで克洋くんも全力で応援してくれてると思うからさ、それを忘れないためよ」
電話の向こうの空気が、ふと和んだ気がする。
『わかりました。予定しておきます』
「ふふ、よろしくね」
珍しくつよしくんと意志疎通できた満足感とともに、雪子は通話を終える。
あなたは生きてる人間の中でたぶん両親の次に、私の幸せな姿を強く望んでくれている。
思う存分見せてあげるね、つよしくん。
そしてあなたも幸せになるのよ。
克洋くん、妹さんも結婚して子ども生まれたみたいだし、私が幸せになったら、あとの気がかりはあなただけなんだからね!
さあ。次は、あの子に連絡だ。
「青木くん?久しぶり。今、大丈夫?」
『えっ?ああ、はい……ご無沙汰してます』
舞を寝かしつけた青木はかかってきたケータイに小声で答えながら、そーっとこども部屋を出る。
そして自室で思い切り驚きの声をあげたのだった。
『ええっ!結婚!?』
一見昭和レトロなこの部屋は、仕事用に盗聴防止ノイズで外部と完全隔離されているから、声は出し放題だ。
『おめでとうございます。お相手はどんな……』
「黒田洋、35歳。職業はSP近接保護部隊。出会いについては……聞かないで。つよしくん絡みなことだけ伝えておくわ」
『え………薪さん、ですか?』
雪子とは半年間婚約者同士だった。ちょうど二年前に、解消を申し出たのは自分の方だ。
結婚の報告に大声を出したり言葉を詰まらせたのは、驚きや喜びのせいで、ネガティブな感情では全くない。
「まあ、出会いは彼の仕事関係で、最初の印象は最悪だったんだけど……てか特に向こうがね。でも守られてるうちに、何だか心地よくなっちゃったのよね。彼、武闘系の人なんだけど、とても穏やかで……」
『そうなんですね、ウッ、良かった……』
別れて二年も経たない元婚約者の結婚報告と惚気話に喜んで 涙ぐむ男ってどうなのよ?
この子本当に、つよしくんしか見てなかったんだろうな、と思うとちょっと傷つくし、でもたぶんそれをバネにして、自分はこの短期間で逆転ゴールにたどり着いたのだろうと、雪子はしみじみ実感する。
執務中の静かな所長室に、突然舞い込んだ三好雪子からのメール。
チェックした薪は、記された日付に目を疑った。平日だ。しかもこの日は…………
「えっ、もしもし?」
『薪です。雪子さん、ご結婚おめでとうございます』
人生三度目の薪からの着信は、動揺を隠した謎の祝福コールだった。
「あら、つよしくん。わざわざありがとう」
『いや、その日取りは……』
「え?」
『青木も了承してるんですか?』
「えっと……あの子にはまだこれから連絡するとこだけど」
『えっ、二人で一緒に決めたんじゃ……』
「はぁあ?何で私があの子と二人で??」
二人してようやく互いの会話が噛み合ってないことに気づく。
「え、待って、つよしくん。まさか私の結婚相手が青木くんだと思ってるってこと??そんな馬鹿なことあり得ないからっっ!!」
薪が誰より雪子の幸せを願ってくれているのは、よーく知っている。
だが青木とのことはとっくにもう過去だ。偶然にも死に別れた恋人に似た顔立ちの男が薪の傍にいて。あれは、おかしくなっていたのだ。薪も、自分自身も……いや、結局三人とも。
最初、青木から差しのべられた手を取ったのは、完全に薪への当てつけからだった。
でもいつしか自分は、その大きな手の誠実な温かさを好ましく思うようになっていた。
なのに向こうは逆に自分を手放したのだ。
薪への一途な愛を無自覚にも見せつけて。
「ああもう、こーなったら教えてあげるわよ!私と婚約解消する時、あの子があなたのこと何て言ってたのかをね!」
薪さんは最後まで俺と戦ってくれる人。どんな絶望的な状況でも一緒なら希望がもてる。絶対に裏切らない。そんなふうに思えるただ一人の人だと……この際全部伝えてやった。目の前で自分以外の誰かへの想いをこんなふうに語られて、復縁なんか考えられるわけがないでしょ、と嫌味を添えて。
「とにかく、招待状送るから来てよね」
長い沈黙のあと薪が訊く。
『本当にこの日でいいんですか?』
「そうよ。その日はあなたも、まあなんとなく他の予定とか入れない日かな、って思って」
『…………未練では、ないんですね?』
「もちろん。この日を私の新しいスタートにしたいだけ。きっとむこうで克洋くんも全力で応援してくれてると思うからさ、それを忘れないためよ」
電話の向こうの空気が、ふと和んだ気がする。
『わかりました。予定しておきます』
「ふふ、よろしくね」
珍しくつよしくんと意志疎通できた満足感とともに、雪子は通話を終える。
あなたは生きてる人間の中でたぶん両親の次に、私の幸せな姿を強く望んでくれている。
思う存分見せてあげるね、つよしくん。
そしてあなたも幸せになるのよ。
克洋くん、妹さんも結婚して子ども生まれたみたいだし、私が幸せになったら、あとの気がかりはあなただけなんだからね!
さあ。次は、あの子に連絡だ。
「青木くん?久しぶり。今、大丈夫?」
『えっ?ああ、はい……ご無沙汰してます』
舞を寝かしつけた青木はかかってきたケータイに小声で答えながら、そーっとこども部屋を出る。
そして自室で思い切り驚きの声をあげたのだった。
『ええっ!結婚!?』
一見昭和レトロなこの部屋は、仕事用に盗聴防止ノイズで外部と完全隔離されているから、声は出し放題だ。
『おめでとうございます。お相手はどんな……』
「黒田洋、35歳。職業はSP近接保護部隊。出会いについては……聞かないで。つよしくん絡みなことだけ伝えておくわ」
『え………薪さん、ですか?』
雪子とは半年間婚約者同士だった。ちょうど二年前に、解消を申し出たのは自分の方だ。
結婚の報告に大声を出したり言葉を詰まらせたのは、驚きや喜びのせいで、ネガティブな感情では全くない。
「まあ、出会いは彼の仕事関係で、最初の印象は最悪だったんだけど……てか特に向こうがね。でも守られてるうちに、何だか心地よくなっちゃったのよね。彼、武闘系の人なんだけど、とても穏やかで……」
『そうなんですね、ウッ、良かった……』
別れて二年も経たない元婚約者の結婚報告と惚気話に
この子本当に、つよしくんしか見てなかったんだろうな、と思うとちょっと傷つくし、でもたぶんそれをバネにして、自分はこの短期間で逆転ゴールにたどり着いたのだろうと、雪子はしみじみ実感する。
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