episode2 R18
今夜は待ち望んだ二人きりの夜……の筈だった。
「薪さん、風邪引きますよ」
背中に掛けられた声に咎めるようなニュアンスを感じた薪は、ふと帰宅後のことを振り返る。
一緒に外食と買い出しを済ませて戻ったわが家で早々に舞を寝かせた青木が、伯父宅への電話や明日の仕込みをしている間に、薪が先に風呂を借りた。
その後、青木が入れ替わって風呂場へ。
“湯冷めしないように、俺の部屋のベッドに入って下さいね” と残された言葉に頷いたにも関わらず、今、薪は舞の部屋にいる。
でも、それにはちゃんと理由があった。
一旦は青木のベッドに潜りこんで待っていたのだが、疼く身体は湯冷めどころか芯から火照って、気持ちまで妙にそわそわしてしまう。
そんな “物欲しげなまな板の上の鯉” 状態に堪えられる筈もなく、気づいたら逃げ出してきていたのだ。
舞の寝顔を見ながら多少なりとも心を落ち着け、青木への恋情に溺れる自分に戸惑い呆れ、何度もため息をつきながら―――
「福岡 の夜は意外と冷えるんですよ、行きましょう」
舞の寝顔を二人で見守りながらも、のろのろと立ち上がる薪の手を待ちきれない様子で掴んだ青木は、その手を繋いで部屋を出て、廊下を進む。
「そっちじゃないです。さっき言いましたよね?俺の部屋で待っててくださいって」
客用の部屋に足を向けようとする薪にしびれを切らした青木は、天の邪鬼な身体を掴まえて、自分の部屋に引き込んだ。
「おい、離……せっ」
もがく薪が背中から倒されたのはベッドのスプリングの上だ。
上下の僅かな振動に揺れながら眉をひそめて見つめ、いや睨み合う二人。
「そんなに……俺は頼りないですか?」
「急に何だ。そんなこと言った覚えはないぞ」
「仰ってはいませんが行動に表れてます。だいたいあなたは俺の言うこと一つも聞かないし、俺が年下だし部下だし仕方ない部分もありますが、せめて……」
「せめて、何だ?」
「あなたが危険に飛び込む時には、俺も一緒にいさせて下さい」
組み敷いた相手にとどめをさすような熱い告白。
だが薪の理性はまだ踏みとどまっている。
「それは駄目だ。お前が死んだら舞が困るだろ」
顎を上げ、冷たく見下ろすような薪の視線。
押し倒されてもなお気高いその表情に、見惚れる青木の険しい眉間が自然にほどける。
「まあ……たしかに……そうですが」
“俺が死んだらあなたも困りますか?”なんて、部下を失う辛さを知るこの人には訊けないし訊くつもりもない。
思い返せば“薪さんと心中なら、もおいっか”なんて思ったのは若気の至りだったな、と青木は苦笑を漏らした。
「今回のは元はといえばお前が撒いた種なんだぞ」
「はい、自覚してます。申し訳ありません」
深々と頭を下げる青木を見て、薪は吐息で笑った。
「謝ることはない。生き残ればそれが正解ということだろう」
「薪さん……」
薪の手がそっと、青木の頬に触れる。
青木が栗色の髪を撫でながら、覆い被さるように唇を近づけると、その頚にしなやかな両腕が絡んできて、奪い合うようなキスが始まる。
この先もたぶん、生きていけば二人で、一緒に守りたいもの、繋いでいきたいものがどんどん増えていくだろう。
想いは芽吹き、葉や根を伸ばしてしまうのだ。互いを結びあいながら果てしなく。
「薪さん、風邪引きますよ」
背中に掛けられた声に咎めるようなニュアンスを感じた薪は、ふと帰宅後のことを振り返る。
一緒に外食と買い出しを済ませて戻ったわが家で早々に舞を寝かせた青木が、伯父宅への電話や明日の仕込みをしている間に、薪が先に風呂を借りた。
その後、青木が入れ替わって風呂場へ。
“湯冷めしないように、俺の部屋のベッドに入って下さいね” と残された言葉に頷いたにも関わらず、今、薪は舞の部屋にいる。
でも、それにはちゃんと理由があった。
一旦は青木のベッドに潜りこんで待っていたのだが、疼く身体は湯冷めどころか芯から火照って、気持ちまで妙にそわそわしてしまう。
そんな “物欲しげなまな板の上の鯉” 状態に堪えられる筈もなく、気づいたら逃げ出してきていたのだ。
舞の寝顔を見ながら多少なりとも心を落ち着け、青木への恋情に溺れる自分に戸惑い呆れ、何度もため息をつきながら―――
「
舞の寝顔を二人で見守りながらも、のろのろと立ち上がる薪の手を待ちきれない様子で掴んだ青木は、その手を繋いで部屋を出て、廊下を進む。
「そっちじゃないです。さっき言いましたよね?俺の部屋で待っててくださいって」
客用の部屋に足を向けようとする薪にしびれを切らした青木は、天の邪鬼な身体を掴まえて、自分の部屋に引き込んだ。
「おい、離……せっ」
もがく薪が背中から倒されたのはベッドのスプリングの上だ。
上下の僅かな振動に揺れながら眉をひそめて見つめ、いや睨み合う二人。
「そんなに……俺は頼りないですか?」
「急に何だ。そんなこと言った覚えはないぞ」
「仰ってはいませんが行動に表れてます。だいたいあなたは俺の言うこと一つも聞かないし、俺が年下だし部下だし仕方ない部分もありますが、せめて……」
「せめて、何だ?」
「あなたが危険に飛び込む時には、俺も一緒にいさせて下さい」
組み敷いた相手にとどめをさすような熱い告白。
だが薪の理性はまだ踏みとどまっている。
「それは駄目だ。お前が死んだら舞が困るだろ」
顎を上げ、冷たく見下ろすような薪の視線。
押し倒されてもなお気高いその表情に、見惚れる青木の険しい眉間が自然にほどける。
「まあ……たしかに……そうですが」
“俺が死んだらあなたも困りますか?”なんて、部下を失う辛さを知るこの人には訊けないし訊くつもりもない。
思い返せば“薪さんと心中なら、もおいっか”なんて思ったのは若気の至りだったな、と青木は苦笑を漏らした。
「今回のは元はといえばお前が撒いた種なんだぞ」
「はい、自覚してます。申し訳ありません」
深々と頭を下げる青木を見て、薪は吐息で笑った。
「謝ることはない。生き残ればそれが正解ということだろう」
「薪さん……」
薪の手がそっと、青木の頬に触れる。
青木が栗色の髪を撫でながら、覆い被さるように唇を近づけると、その頚にしなやかな両腕が絡んできて、奪い合うようなキスが始まる。
この先もたぶん、生きていけば二人で、一緒に守りたいもの、繋いでいきたいものがどんどん増えていくだろう。
想いは芽吹き、葉や根を伸ばしてしまうのだ。互いを結びあいながら果てしなく。