episode2 R18

事件後の長い一日。

病室で光とともに応じた聴取は淡々と終わった。刑事未成年者の光と、死亡確認後の神原。裁きの対象にならない両者の話だが、端々に滲み出る“つばき園”の闇が、青木の胸を騒がせる。

その後、福岡科捜研から病院に立ち寄った薪に、付き添いを交代してもらって一旦帰宅。
県警捜査員が立ち退いた家の中を一気に片付けて、自家用車で二人を迎えに病院へ戻ったのが、午後4時のことだ。

児童失踪事件の当事者になってから丸一日も経ってないのに、もう随分遠いことのように感じるのは、病室で額を寄せ合い絵本を覗き込む舞と薪の表情が、あまりに平和な安らぎに満ちているせいだろう。


「舞、帰るから着替えて」

「えー待ってよぅ。マキちゃんの本が終わってからでいい?」

「う~ん、今じゃなきゃダメなのかい?」

「ダメだよ。これ、びょーいんから借りた本だもん」

ほとんど無傷とはいえ運び込んだ時はぐったりと眠りこけていたのに、点滴投与と半日の休息でこんなにけろっと回復するものなのか。顔を輝かせて薪に本の続きをねだる舞に目を細め……って、そういや薪さんの読み聞かせだなんて、ヤバすぎるご褒美だ。最近舞のおかげで何度かあやかることがあるが、この至福にはなかなか慣れることはできない。

舞のベッドを向いた薪は青木に背を向けた格好で、表情が見えないのは残念だが、角が取れ羞じらいを含ませた朗読の声に擽られた心は、天にも昇る心地でその音色に聞き惚れる。


そして三人がようやく車に乗り込んだのは、夕方5時半過ぎのことだった。

「ねぇ、光くんは一緒に帰らないの?」

「ああ、大事な検査があるからね。でも終わればきっと帰れるよ」

ジュニア用シートベルトを装着してやりながら、青木が舞に答える。
眠る舞を抱いてるとき以外、薪はたいてい助手席についている。勿論青木の隣にいたいからじゃなく、大事な舞を乗せるには運転手が頼りないから手出ししやすい位置に控えているというだけだ。

明日は木曜、か。副室長には申し訳ないが、自宅で対応させてもらおう。
車を走らせながら青木は考えていた。
朝一番、三世代同居の伯父宅に急遽預けたおバアちゃんを挨拶がてら迎えに行き、舞の受診と光の見舞いに病院にも寄る予定だ。その合間を縫って仕事をしよう。今日の夕食はファミレスで済ませたとしても、買い出しだけはしておかないと…………

「青木。買い出しは手伝うが、今日はちゃんと休めよ」

「……え?は、ハイ」

やはりこの人の能力は計り知れない。口に出さない心の声を、まさか考え事に連動した唇の僅かな動きから読みとられてるとは。

「そういえば薪さんは、いつ東京にお戻りになるんです?」

「神原の犯行動機を調べる間、もうしばらくこっちに残るつもりだ」

「ですよね!俺も27年前の香椎三日月小学校の事件、すごく気になってたんです」

「は?馬鹿か、お前はまず管区内の仕事に戻るんだろ。つばき園こっち は僕一人で十分だ」

「…………そうですね」

薪の言うことは尤もだ。嵐が過ぎた後まずは足元から立て直さなければならない、仕事も生活も。でも、だったら生活は?
“今日はちゃんと休め”って、一体どういう意味なんだ?
フロントガラスの向こうを見つめる青木の眉間に皺が寄っている。その深刻な横顔に似つかわしくない不埒な自問自答が、脳内では繰り広げられている。

“いや待てよ、休むより先にやることあるよな?”

“当然だろ、奥ゆかしい薪さんはあえて言葉にされないだけだ”

“そうだ、約束したんだ。こないだ搾り取るとまで仰って……”

“俺はそれを支えに3ヶ月半のお預け状態に耐えてきたんだぞ!”

隣にいる薪にまた読唇されているのもお構い無しに、青木の煩悩は頭の中でぐるぐる巡り続けていた。
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