episode1

「……光くん」

心落ち着かせるバリトン。ここは天国だろうか?いや、そうじゃなくても天国よりこっちがいい。

ベッドの上で目を開けると、白い壁をバックに安堵した青木の笑顔が映って、点滴に繋がれた光はうっとり目を細めた。

「舞を守ってくれてありがとうね」

「…………いえ。誰かからそのことを?」

「聞いてないけどわかるよ、あの場の様子で何となくは」

「…………」

青木の笑顔が眩しくて、光の鼓動が高鳴る。こんなときめきが体を巡り続ければ、心室に空いている穴も徐々に塞がっていくんじゃないかと思うくらいに。


「ただ、これからは一人で抱え込まないで」

起き上がろうとする光の半身を支えながらベッドの角度を変えた青木の表情は、厳しめの真顔に変わっていた。そのまっすぐな眼差しに、光はドキリとして起こした背筋をピンと伸ばす。

「大人は……君が思うより少しは頼りになるから」

「…………わかってます」

ふてくされたような返事しかできなかった。
“頼りになる大人”という言葉に、あのおまわりさんの顔が鮮明に浮かんだから。舞が夢中で飛び込んでいき、青木がひとときも離したがらなかったあの人は、頭と顔はすごくいいけど尖ってて脆いし善人でもない気がするのだけれど。


「すみません青木さん、今ちょっと宜しいですか?」

「あ、はい」

年配の医師が看護師を率いて部屋に入ってくる。穏やかではない表情と小さな声で、精密検査の段取りについて大人たちは相談を始める。

「あの……忙しいのにご迷惑かけてすみません」

医師たちが出ていった後もまだ難しい顔でスマホのスケジュールとにらめっこしている青木に、光はおずおずと声をかける。

「大丈夫、迷惑なんかじゃない。仕事のことはどうにかできるから」

「でも、あの鬼みたいな人が、青木さんの上司なんですよね?」

「…………プッ、鬼…………」

吹き出しながらも青木はスケジューラーをメンテし終え、優しげな顔を光の方に向ける。

「確かに薪さんはコワいけど、誰より思いやりの深い人だから。いつも心配かけすぎて申し訳ないくらいなんだ」

薪を想い浮かべる青木の愛情溢れる顔が、光はいつも気にくわなかった。騙されてるんじゃないか、と思うのだ。人を怪物呼ばわりするあの人こそ本当は怪物なのに、と。

「ふぅん…………で、今日はあのおまわりさんを家に泊めるんですか?」

「……えっ」

なぜか室内が空気が変な感じに固まる。

「いや、まあ、色々……時間も遅くなりそうだし、そうしようかな、とは思っ……てるけど」

「…………」

わかりやすいな。
光まで赤くなりながら「そうですか、お疲れ様です」と頭を下げてそのまま俯く。

自分に対してじゃないとはいえ、青木が生々しく赤面するのを見て、よからぬ想像とドキドキ感が思春期少年の胸を擽ったのだ。
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