episode5
光の世界はいつのまにか塗り変わり、今ではあの頃を思い出すことは稀だ。
病気と一緒に生きることを決めた。
乗り越える希望も捨ててないから、毎日がそれなりに大変だけど、楽しい。助けたり励ましてくれる人に囲まれ過ぎてて、過去の入り込む隙間なんてすぐ埋められてしまう。
こういうの、幸せっていうのかな?
苦しさはいくらでも受け入れるから、できれば去りたくないし、目も離したくないな。
今いる世界があまりに美しいから―――
「青木さん」
「ん?何だい?」
「大丈夫なんですか?今月まだ中旬なのに、もう二回も来てますよね」
こっちへ来て、年が明けて、日を追うごとに入退院の頻度が上がってきている。でも何があろうと普通に振る舞えるのは、須田の祖母や叔母の助けと、よく覗きにきてくれる青木の変わらない明るさのおかげだ。
「ハハ、親だから。何度来たってよくないかい?」
お節介だなぁ。僕の今の親は輝子さんなのに……と光は心のなかで呟く。
青木が来るのが嫌な訳はもちろんない。
でも何でも平気でどんどん背負い込むこの人の究極のお人好しぶりをみていると、子どもながらに心配になるのだ。
自分の病気が悪くなったり、もし死んでしまった時青木に迷惑をかけたくなくて、須田家に戻ったのに。半年経っても女手だけの須田家に、いつまでも良い様に使われてるんじゃ意味がないじゃないか。
光の入退院の都度、青木を呼び出そうとする光枝と輝子。二人が “青木さんが来たらお願いすることリスト”を、毎回密かに作っているのも知っていた。
嵩張る買い物とか、電球の付け替えとか、換気扇の掃除とか……何かと青木をちやほやと持ち上げて頼るのだ。
甘えすぎ!ていうか、快く受ける方も受ける方だ!
「百歩譲って僕の親代わりっていうなら、僕の面倒しかみなくていいと思うんですけど……」
「え、そう?」
「だってあなたは須田家の婿でもなんでもないでしょう?」
「そうだけど、君が“須田光”くんだから」
「……!!」
真っ直ぐな言葉と笑顔に撃ち抜かれた光は、赤くなってそっぽを向く。
まるごと面倒みてくれるという気概は嬉しい。でも光が須田家に移って青木の日々の負担は減ったが、その分守備範囲が増えてるってことだ。全く思い通りにいかない、世の中って結構複雑だ。
「君は子どもなんだから心配も程ほどに。俺のことは自分でどうにかするから、気にせずしっかり頼ってよ」
気遣ってフォローしようにも振り向こうとしない光の横顔は、眉間にシワも寄せている。この一年近くで何だか前とは違う意味で大人びて、難しい年頃になったのかな、と青木は思った。
自我が芽生えて、自分なりの判断で他人の心配をする。小言のようなその口振りは何だか薪さんに似ていて、ちょっと負けそうになることもある。
冬の散歩に適した時間は短い。
光を乗せた車椅子を押しながら青木は病院の庭をゆっくり歩く。
そういえば出てくるとき防寒具でぐるぐる巻きにしようとしたら“カッコ悪いからやめて”と、寒がりの癖に拒否されたなあ。
目を輝かせて何でも言うことを素直に受け止めてくれた頃も懐かしいけれど、今も今なりに愛しい。年頃の少年らしくて、それが成長の証しに思えるから。
「あの人は……どうしてるんですか?」
「え?」
「…………あの、綺麗なおまわりさん」
その言葉を聞いただけで、青木は恋する男の顔になる。
「ああ、薪さんは……相変わらず忙しくしながら、今は福岡にもいて、青木家を守ってくれてるよ」
光は返事をかえすことができなかった。
“あのおまわりさんが?青木家を守ってくれている?”
意外過ぎる答えだ。
青木自身にとっても、昔ならあり得ない事だ。例えば雪子との時には、それをよしとせず別離した筈なのに、今は自然に薪を頼ることができていた。
いつでも、どこでも、自分のやるべきことを全うする。その姿勢を光は青木から学んだつもりだ。
出席日数は大目にみてもらってるけど、須田の家や病院からできるかぎり授業を受けた。そこではちゃんと発言もするし、たまには給食時間に自分も一緒に昼食をとる。クラスのアイドルでい続けることが、光の気力を支えてもいた。
自分が勉強している病室の傍らで、青木が仕事をしていることもある。そんな時間が光は好きだった。
でもよく考えれば、その格好いい青木だって結局は、あのおまわりさんが育てたんじゃないだろうか。
警察の相当偉いポストにいるはずのあの人も、東京と九州を行き来しながら大事な人たちを守る。同時にこの国の科警研の指揮を執りつつだ。
凄すぎて想像も追いつかないし、到底敵うはずもない。でもこれが“憧れ”という気持ちなのだとしたら、知れたのは成長への大きな一歩だ。
病気と一緒に生きることを決めた。
乗り越える希望も捨ててないから、毎日がそれなりに大変だけど、楽しい。助けたり励ましてくれる人に囲まれ過ぎてて、過去の入り込む隙間なんてすぐ埋められてしまう。
こういうの、幸せっていうのかな?
苦しさはいくらでも受け入れるから、できれば去りたくないし、目も離したくないな。
今いる世界があまりに美しいから―――
「青木さん」
「ん?何だい?」
「大丈夫なんですか?今月まだ中旬なのに、もう二回も来てますよね」
こっちへ来て、年が明けて、日を追うごとに入退院の頻度が上がってきている。でも何があろうと普通に振る舞えるのは、須田の祖母や叔母の助けと、よく覗きにきてくれる青木の変わらない明るさのおかげだ。
「ハハ、親だから。何度来たってよくないかい?」
お節介だなぁ。僕の今の親は輝子さんなのに……と光は心のなかで呟く。
青木が来るのが嫌な訳はもちろんない。
でも何でも平気でどんどん背負い込むこの人の究極のお人好しぶりをみていると、子どもながらに心配になるのだ。
自分の病気が悪くなったり、もし死んでしまった時青木に迷惑をかけたくなくて、須田家に戻ったのに。半年経っても女手だけの須田家に、いつまでも良い様に使われてるんじゃ意味がないじゃないか。
光の入退院の都度、青木を呼び出そうとする光枝と輝子。二人が “青木さんが来たらお願いすることリスト”を、毎回密かに作っているのも知っていた。
嵩張る買い物とか、電球の付け替えとか、換気扇の掃除とか……何かと青木をちやほやと持ち上げて頼るのだ。
甘えすぎ!ていうか、快く受ける方も受ける方だ!
「百歩譲って僕の親代わりっていうなら、僕の面倒しかみなくていいと思うんですけど……」
「え、そう?」
「だってあなたは須田家の婿でもなんでもないでしょう?」
「そうだけど、君が“須田光”くんだから」
「……!!」
真っ直ぐな言葉と笑顔に撃ち抜かれた光は、赤くなってそっぽを向く。
まるごと面倒みてくれるという気概は嬉しい。でも光が須田家に移って青木の日々の負担は減ったが、その分守備範囲が増えてるってことだ。全く思い通りにいかない、世の中って結構複雑だ。
「君は子どもなんだから心配も程ほどに。俺のことは自分でどうにかするから、気にせずしっかり頼ってよ」
気遣ってフォローしようにも振り向こうとしない光の横顔は、眉間にシワも寄せている。この一年近くで何だか前とは違う意味で大人びて、難しい年頃になったのかな、と青木は思った。
自我が芽生えて、自分なりの判断で他人の心配をする。小言のようなその口振りは何だか薪さんに似ていて、ちょっと負けそうになることもある。
冬の散歩に適した時間は短い。
光を乗せた車椅子を押しながら青木は病院の庭をゆっくり歩く。
そういえば出てくるとき防寒具でぐるぐる巻きにしようとしたら“カッコ悪いからやめて”と、寒がりの癖に拒否されたなあ。
目を輝かせて何でも言うことを素直に受け止めてくれた頃も懐かしいけれど、今も今なりに愛しい。年頃の少年らしくて、それが成長の証しに思えるから。
「あの人は……どうしてるんですか?」
「え?」
「…………あの、綺麗なおまわりさん」
その言葉を聞いただけで、青木は恋する男の顔になる。
「ああ、薪さんは……相変わらず忙しくしながら、今は福岡にもいて、青木家を守ってくれてるよ」
光は返事をかえすことができなかった。
“あのおまわりさんが?青木家を守ってくれている?”
意外過ぎる答えだ。
青木自身にとっても、昔ならあり得ない事だ。例えば雪子との時には、それをよしとせず別離した筈なのに、今は自然に薪を頼ることができていた。
いつでも、どこでも、自分のやるべきことを全うする。その姿勢を光は青木から学んだつもりだ。
出席日数は大目にみてもらってるけど、須田の家や病院からできるかぎり授業を受けた。そこではちゃんと発言もするし、たまには給食時間に自分も一緒に昼食をとる。クラスのアイドルでい続けることが、光の気力を支えてもいた。
自分が勉強している病室の傍らで、青木が仕事をしていることもある。そんな時間が光は好きだった。
でもよく考えれば、その格好いい青木だって結局は、あのおまわりさんが育てたんじゃないだろうか。
警察の相当偉いポストにいるはずのあの人も、東京と九州を行き来しながら大事な人たちを守る。同時にこの国の科警研の指揮を執りつつだ。
凄すぎて想像も追いつかないし、到底敵うはずもない。でもこれが“憧れ”という気持ちなのだとしたら、知れたのは成長への大きな一歩だ。