2069 father's day
「あらま、こらたまっがった!べっぴんしゃんのおんなった」
ノックしたのは目的の民家に住む古賀のおばちゃんだった。
車窓越しの薪との初顔合わせにトキメキが止まらないおばちゃんは、目覚めた青木が助手席のドアから飛び出してきても、薪に釘付けのままだ。
「おばちゃん、一行です、お久しぶりです。おいちゃんも元気ですか?」
「元気にしとるよ~。あんたも元気そうで良かったたい。警察の偉い人になって、可愛いかおヨメさんも連れてきてから、天国でお父さんも喜びよんしゃ~やろね」
「えっ、いえおヨメさんっていうか……」
車から出てきて優雅に会釈する薪と並んだ、青木は照れくさそうに口をつぐむ。
おばちゃんは、そんな青木と薪の様子を交互に見比べて嬉しそうに目を細めた。
「ああそうだ、サトミちゃんも元気にしてますか?」
「あ~サトミも元気いっぱいたい、こないだ三人目が生まれたとよ。女の子やったきマサシもキヨミも大喜びやったとたい」
そんな話をしながらも、やっぱりおばちゃんのは薪に興味深々だ。
「で、あんた、どっからきんしゃったと?可愛かねぇ~、お菓子やるけん、待っちょきんさい」
いや、気を引くためにお菓子とか、一体おばちゃんの目には薪が幾つに見えているのか―――
「ありがとう、また寄ります」
お菓子だけじゃ済まず、畑から採ってきた野菜をいっぱい詰めた袋までもらった二人は何度も頭を下げながら車内に戻る。
お世話になるから、と菓子折を渡したのはこっちなのに、直ぐさま倍返しされるのだから恐縮きわまりない。
続きの山道は、青木が運転席でハンドルを握った。
色々貰いものをしたが、元々受けとりたかったのは“今夜の宿泊先の鍵”だった。
「どこへ向かってるんだ?」
「この近くにある別荘……のような所です。ウチのじゃありませんが。古賀のおいちゃんが父の友人で、山持ちで、大工やってる人でして。昔、子どもを遊ばせるための家をその山に建てたんですよ」
「なるほど、それはいいアイディアだな」
「ええ。古賀とは家族ぐるみの付き合いで、ウチもよく遊びに来てました。あ、でもあなたの葉山の御用邸みたいなとこじゃないですよ、ただのロッジですけどね」
山道を運転する青木の横顔が、感慨深い表情になっていくのを薪は見逃さない。
「まあでも、俺にとって思い出深い場所でして……」
「ふ~ん、それはさぞかしいい思い出なんだろうな」
「えっ、それは、ええ……?」
なんか俺不用意なことを言ったか?と青木は慌てるが後の祭りだ。
サトミかキヨミか知らないが、初恋の思い出とかじゃないだろうな?こいつに限ってマサシが相手ということはあるまいが。憮然として腕組みする薪の頭の中を、おばちゃんが口にした見知らぬ登場人物が勝手にぐるぐる回る。
「あの~、サトミちゃんとかは姉と同年なので遊んだ記憶はないんです。俺一人ガキだったから、ふもとにある別の家のやんちゃ坊主とつるんだりしてましたね。でも、思い出というのはそういうんじゃなくて……」
「…………」
薪はぼんやりとフロントガラスの向こうを見ていた。見えているのは目の前の景色じゃなく、山のふもとで無邪気に遊ぶ少年たちの朧気なイメージだ。
「やっぱ、今はいいです。着いたらまた話しますね」
「…………うん」
山や自然は学生時代から馴染みがあって、それなりに熟れている。でもこれから踏み込むのは、自分には未知の、青木の世界の一部だ。それも入口から賑やかしい身内限定のワンダーランド。いつの間にかその一員となっておっかなびっくり引き込まれていく薪の心には、ひそかなワクワク感も芽生えていた。
ノックしたのは目的の民家に住む古賀のおばちゃんだった。
車窓越しの薪との初顔合わせにトキメキが止まらないおばちゃんは、目覚めた青木が助手席のドアから飛び出してきても、薪に釘付けのままだ。
「おばちゃん、一行です、お久しぶりです。おいちゃんも元気ですか?」
「元気にしとるよ~。あんたも元気そうで良かったたい。警察の偉い人になって、可愛いかおヨメさんも連れてきてから、天国でお父さんも喜びよんしゃ~やろね」
「えっ、いえおヨメさんっていうか……」
車から出てきて優雅に会釈する薪と並んだ、青木は照れくさそうに口をつぐむ。
おばちゃんは、そんな青木と薪の様子を交互に見比べて嬉しそうに目を細めた。
「ああそうだ、サトミちゃんも元気にしてますか?」
「あ~サトミも元気いっぱいたい、こないだ三人目が生まれたとよ。女の子やったきマサシもキヨミも大喜びやったとたい」
そんな話をしながらも、やっぱりおばちゃんのは薪に興味深々だ。
「で、あんた、どっからきんしゃったと?可愛かねぇ~、お菓子やるけん、待っちょきんさい」
いや、気を引くためにお菓子とか、一体おばちゃんの目には薪が幾つに見えているのか―――
「ありがとう、また寄ります」
お菓子だけじゃ済まず、畑から採ってきた野菜をいっぱい詰めた袋までもらった二人は何度も頭を下げながら車内に戻る。
お世話になるから、と菓子折を渡したのはこっちなのに、直ぐさま倍返しされるのだから恐縮きわまりない。
続きの山道は、青木が運転席でハンドルを握った。
色々貰いものをしたが、元々受けとりたかったのは“今夜の宿泊先の鍵”だった。
「どこへ向かってるんだ?」
「この近くにある別荘……のような所です。ウチのじゃありませんが。古賀のおいちゃんが父の友人で、山持ちで、大工やってる人でして。昔、子どもを遊ばせるための家をその山に建てたんですよ」
「なるほど、それはいいアイディアだな」
「ええ。古賀とは家族ぐるみの付き合いで、ウチもよく遊びに来てました。あ、でもあなたの葉山の御用邸みたいなとこじゃないですよ、ただのロッジですけどね」
山道を運転する青木の横顔が、感慨深い表情になっていくのを薪は見逃さない。
「まあでも、俺にとって思い出深い場所でして……」
「ふ~ん、それはさぞかしいい思い出なんだろうな」
「えっ、それは、ええ……?」
なんか俺不用意なことを言ったか?と青木は慌てるが後の祭りだ。
サトミかキヨミか知らないが、初恋の思い出とかじゃないだろうな?こいつに限ってマサシが相手ということはあるまいが。憮然として腕組みする薪の頭の中を、おばちゃんが口にした見知らぬ登場人物が勝手にぐるぐる回る。
「あの~、サトミちゃんとかは姉と同年なので遊んだ記憶はないんです。俺一人ガキだったから、ふもとにある別の家のやんちゃ坊主とつるんだりしてましたね。でも、思い出というのはそういうんじゃなくて……」
「…………」
薪はぼんやりとフロントガラスの向こうを見ていた。見えているのは目の前の景色じゃなく、山のふもとで無邪気に遊ぶ少年たちの朧気なイメージだ。
「やっぱ、今はいいです。着いたらまた話しますね」
「…………うん」
山や自然は学生時代から馴染みがあって、それなりに熟れている。でもこれから踏み込むのは、自分には未知の、青木の世界の一部だ。それも入口から賑やかしい身内限定のワンダーランド。いつの間にかその一員となっておっかなびっくり引き込まれていく薪の心には、ひそかなワクワク感も芽生えていた。