2069 father's day

福岡の繁華街の一角にある、小さな居酒屋。
賑わいの中でふと腕時計を見た岡部は、狐につままれたような顔になる。
もう日付が変わりそうな時間だったのだ。

重大事件の極秘捜査の延長で第八管区に出向いた岡部にとって、目的を遂げたあとの“息抜き”も、重要な位置づけだった。今は室長同士、そして一組織だったかつての第九の長子と末っ子は、個性は違うが通い合うものも多い。

いい年の漢二人がカウンターの隅で大将の振る舞う料理に舌鼓を打ちながら、手酌酒で何時間も交わした会話の中身は仕事一色。だからこそいい。気の置けない相手に鬱憤をとことん晴らした岡部の心は、信じられないほど軽くなっていた。

「なんだか俺ばっか話して悪かったな」

「いえ、聞きたりないくらいですよ。俺いつも岡部さんが羨ましいんで……」

他管区の室長陣から憐れまれこそすれ、羨む人間が何故か希少なポスト。いや、科警研所長の膝元という最高の位置にいながら、それ以上に苛酷さがクローズアップされる第三管区の長。心から羨んでくれるのは、やはり青木一人しかいないと思う。
それにこいつには薪のこともあけすけに話せる。粗削りだがある意味薪以上に薪を把握してる部分も、また類い稀なる価値なのだ。

「あ、でも。こうしてお会いできるのは嬉しいんですが、うちの管区内のことは俺も協力するんで、気軽に使ってくださいね」

「あのなあ、お前を使うのは難しいんだぞ」

「そうですか?薪さんに相談すればいいんですよね」

だ~か~ら、それが死ぬほど難しいんだよ!という言葉を、岡部は酒と一緒に喉に流し込む。
身内からだろうが、部下の使い方を指図されるのが嫌いな薪だ。特に重い状況の中で青木の名前なんか下手に挟もうものなら、暴言が飛び最悪備品まで壊れる。

「青木。とにかくお前はあれだ」
腕組をして岡部は言った。
「薪さんを泣かすな、それだけだ」

青木が怪訝な顔をする。
大切なものに難癖をつけられ燻る熱い感情が、ちらりと透けて見えている。

「あ~。てか、お前があの人の精神安定剤になってくれれば、第三管区こっちのパワハラ犠牲者の数が減るんだ。頼んだぞ」

「はぁ……」


そこからさらに一時間近くが過ぎて、二人はようやく店を出た。


「あの店閉店、何時なんだ?」

「最後の客が帰ったら、ですかね」

もう半分閉店のようなものだ、客は仲間内ばかりで、大将も奥さんも酒を飲んでいた。

歩きだす青木の横で、岡部のため息が聞こえる。

「どうしたんですか?」

「不思議だな。お前は若いが普通にこっち側の人間で安心する」

「へ?もう若くもないですけど」

「ちょっと前……薪さんと波多野と三人で街歩いてた時の話、したっけか?」

「え?いえ……」

別れ際、岡部が呟いた話が、それ以来青木の頭から離れない。

「テレビの取材かなんかでな、街頭インタビュー受けたんだ。親子世代間ギャップの?」

「あ~、まあ、波多野と岡部さんならふつーにギャップありそうですね」

「そうじゃない。親世代は俺だけで、子世代二人に見られたんだ」

「ん?ああ、え、っと……」

「つまり俺と薪さんが親子って分類に分けられたってことだ、ぶっちゃけて言うとな」

頷ける話だが、地味に衝撃を受けた。

何がって、自分は岡部側と言われたばかりなのだ。
その流れだといずれ、自分が親で薪が子に見られる日も近いのではないか、と。
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