僕の可愛い忠犬一行

「あの黒とグレーは性別じゃなく個体差だな」

「ええ、いろんなカップルがいますね」

「あっちは茶系のペアで、頭が緑なのが雄か?」

「そう。キンクロハジロは黒白と黒茶のシミラールックですね。金色の目がインパクトありますよね」

「うん。あれは?一番多いペアだが…」

「ああ、ホシハジロですね。雄は褐色の頭と黒い胸、赤い目がカッコいいですよね。雌の目は黒くて全体が褐色系。上品なリンクコーデってとこですか」

「ふふ、」

 人がまだまばらにしかいなかった薄闇の時間帯から、池を見渡す中の島に陣取り、池にいる鳥たちのファッションチェックなどをしている間に、ゆっくりと景色の色が変わり始め、美しい朝日が現れる。
 二人はしばらく無言でそれを見つめた。
 渡り鳥が休む水面にゆらぐ光が映る、絵画のような初日の出に、薪は目を細める。

「寒くないですか?」

「いや、スーツで待つよりずっとマシだ」

 青木は思わずクスリと笑ってしまう。たしかに今日はタートルネックのセーターにダッフルコートを羽織り、青木のマフラーを鼻先まで巻いた完全防備。
 公務に関しては「スーツで待つ」なんて科警研所長の言うセリフじゃないけれど、確かにこの人は必要とあらば張り込みや尾行などの捜査を当たり前に遂行してしまうから。一組織時代の室長のときから、それは今でも変わらない。

 その場にいる様々な人やグループが、三脚を立てた一眼レフや、手元のスマホのシャッターを切る中で、青木と薪はさりげなく寄り添って、ただその光景を瞼に焼き付けていた。
 薪は今年初の陽光を、青木は主に景色に溶け込む薪の透明な美しさを。そして、そんな二人の日常が続いてることの喜びと、ますます募る愛しさを噛みしめるのだ。


「さあ、行きますか」

「うん」
 
 これはフライングでこっそり家を抜け出してきた明け方のデートだ。
 この後家に戻って起きてきた家族と一緒に朝食をとり、初詣に出かける予定だった。

「正月は食事が楽でいいですね」

「ああ、母上のおかげだな」

 青木家に引き継がれた母のおせち料理を、当然のもののように捉えている青木と違い、この伝統を引き継ぐことを意識している薪は、三年目の今回も少しずつだが、母と交流しながらの手仕事と目と舌で、ノウハウをインプットしている。 

 一方で、お忍びデートは今回初の試みだったが、こちらは無事クリアする直前に、思わぬ刺客と出会ってしまった。

「あっ……」

「あれっ?」

「白石……」

「あれ?あけましておめでとうございます」

「!!」

 シマッタ!油断した。鉢合わせた相手が白石だと気づいた青木と薪の恋人繋ぎの手が「ああ、おめでとう」と、言葉を返しながら慌てて離れる。
 元旦の祝日、しかも早朝で注意力に欠けていた。それと、気づくのに遅れた一番の理由は、カムフラージュになっていたこいつ・・・のせいだ。

「あっ、こらっ、コタローやめなさいっ……」
 
 真っ白で巨大なスタンダードプードルがフワフワの尻尾をブンブン振って親愛の情を表し、青木をなめまくっている。

「すみません、所長。コタったらいつもは大人しいのに…」

「いえ大丈夫です。コタローくんも仲間に会えて嬉しいんでしょう」

 恐縮して薪にペコペコ頭を下げながらコタローを引っ張って遠ざかる白石をみおくる二人。って、ちょっと待てよ?

「ん?白石……何で俺本人じゃなく薪さんに謝るんだ?」

「深く考えなくて良い。いつもの散歩のクセ・・・・・・・・・だろう」

「いつも、って俺白石の散歩中にばったり会ったのなんて、初めてですよ!?そもそも彼女が犬飼ってること自体知らなかったし……ていうか薪さん、大変です!白石に俺達の関係がバレたのでは……」

「いや、多分大丈夫だ」

「だ、大丈夫、って薪さん、」

 クスクス笑いながら歩いていく薪の背中を、心配顔で追いかける青木。


 白石は帰宅後、ようやく違和感に気づくことになる。
 あれ?何で室長と所長があんな時間一緒にいたんだろ?
 遠くからでも目立つ室長を先に見つけ、ダッフルを着た可愛いオンナノコを連れてると思ったら所長で……って……そういえばあの二人、手、つないでなかったっけ?

 いや錯覚かもしれない。繋いでたとしても何か事情があったのかもしれない。あの人たちはもともと妙に距離感近いし。何していてもおかしくないというか……
 モヤモヤと自問自答しているうちに、実家暮らしの白石本家に親戚が押し寄せてくる。

 そして一同で焼酎片手にワイワイと賑やかに過ごしているうちに、いつしか記憶は塗り替えられていく。
 自分がコタローを連れているときに会ったのは、大型犬を散歩させている薪所長だったのかも。
 そうだ。やりとりはまさにそんな感じだった気がするし。
 何故東京住まいの薪が大濠公園で犬の散歩をしているのか、という点をスルーする大らかさは、白石の天性の持ち味なのだろう。


 仕事始めの朝、第八管区に出社した白石はスッキリした顔で爽やかに上司に挨拶をした。

「青木室長、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
 
 あれ?あんまり気まずくないぞ?助かった。と、青木が思ったこの頃には、白石の記憶の中で、元旦の朝公園で薪が連れていた目の前の大男が、ハスキーかシェパードあたりにすっかり置き換わっていたのだった。
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