やさしいせなか*10000キリリク

 それはとても不思議な感覚だった。

 没頭している本の世界と自分の体温ときもち、そして相手のぬくもりが背中合わせにぜんぶ繋がっている。

 たまに鼻を鳴らしたり、もぞもぞ動いたり、自分の毛繕いのついでに舐めてきたりするバロンと比べると、こいつは静かに仕事をしているだけだ。
 上司と背中合わせで居心地悪いかと思いきや、よほどの事態にならない限り、休日にその役目を求められることは無いらしい。
 新人の頃から見ているこいつは、近頃経験値が増したせいか、ずいぶん落ち着いて仕事もさまになっている。調子に乗るから本人には伝えないけれど。

 ただ、今日は天候・・が静かじゃなかった。

“ゴロゴロ……”

 ベッドに膝を立てて座り、凭れた大きな背中とぬくもりに溶けながら、静かに本のページをめくっていた薪の手が、近づく雷の音とともに止まる。

 こんな時、バロンなら……不安でも、少し怖くても、小さな剛が顔を覗き込むと甘えた表情でしっぽでシーツを叩き、震える頭を押し付けてきたり、控えめに手を舐めてくるだろう。
 
 “ピカッ”

 目が眩むほど鋭い稲光が部屋中に閃いて、薪が肩を竦め固まる。
 ふと、昇降デスクのノートに置かれたキーボードの上の大きな手も止まっているのがちらりと見えた。
 次の瞬間、

「お……いっ……待て……って」

 全身を覆うぬくもりと、のしかかる重みに溺れそうになりながら、薪はシーツの上でもがく。

 クンクンひくつく濡れた鼻の代わりに、まとわりつくようなキスが、甘ったるい音を奏でて耳元をなぞり、首筋を降りていく。
 ぞくぞくと震え、蕩けていく肌。

 ダメ、だ。急にこんな――

「……あお、きっ……まて……っ!」

 命令をきかない駄犬は、部屋着のボタンを外し、荒い息と熱い舌で胸元を慾っている。

「まて……ったら……あっ」

 もうマテも言えないほどカラダの奥が疼いてる。行為を止めれば自分が苦しくなるだけだ。

「……しご……と、は……」

「終わってますよ。あなたに声を掛けるタイミングを見計らっていたんです」

 下心に気づきもせず安心しきって背中を預け、まるで少年みたいに読書を愉しむ薪は、尊く可愛らしい。

 バロンを懐かしむように頬を擦り寄せてきたり、そっと触れた手を握り返してくる仕草も、いつになく素直ですごく愛しいのだ。
 モフモフしてない身で申し訳ないが、代わりに頭を撫で、頬ずりして、腕のなかに大事に閉じ込めておきたいくらい保護欲が高ぶる。

 でも今日は、雷がオトナの世界との境界線を壊した。
 稲光に身を竦めた薪が雷鳴に震えだしたのを、背中越しに感じ取ってしまったから。
 その震えを、別の震え・・・・で、塗りつぶしてあげたくなるじゃないか――
2/3ページ