やさしいせなか*10000キリリク
バロンは艶やかな赤褐色の毛並みをもつ、フラットコーテッドレトリバー。
いつも楽しそうに揺れてる尻尾がトレードマークの、底抜けに明るい甘えん坊な犬だった。
母方の祖母が家族ぐるみで付き合う友人宅で育てられていたショードッグたち。そのなかで生後半年ですでに規格外の大きさに育ってしまったフラッティに一目惚れした祖母が、すぐさま譲り受けてきたのがバロンだった。
レトリバーの中でも元々明るくスタミナ抜群のフラッティを、さらに大型で陽気にしたようなバロンだ。
彼の昼間の遊び場が薪家にまで拡がり、小さな剛と仲良くなるのに時間はかからなかった。
さっそく、彼が来た翌日のこと。
庭にいた六歳の剛が、祖父母宅と繋がる庭の垣根から出ている動物の鼻を見つけて、ギョッと立ち竦んだのがふたりのはじまりで――
「お……お母さん、向こうのお庭に何かいる!」
「あら、バロンね」
二階のベランダから下を覗いた母は優しく笑いながら答え、剛の中で、昨日おばあちゃん家が若い大型犬を迎え入れた話とバロンがつながる。
「あっ、まって」
引っ込んでしまった鼻に慌てて垣根の隙間から剛がのぞくと、好奇心たっぷりに輝く榛色の目とばっちり目が合う……かわいい!
「待ってて! バロン」
ねぇ、お母さん。バロンに何かあげていい? と、息せき切って玄関に駆け込んでくる剛。
「そうねぇ、おばあちゃんに聞いてみるから待ってて」
階段を降りてきた母が、さっそく祖母に電話してくれた。
夕食の蒸し鶏を切り取った一片を手にした剛が庭に出ると、おばあちゃんがリードをつけて連れてきた大きな犬と初めてのご対面だ。
―あ、この犬笑ってる。
大きな犬だが、全く怖くない。
―しかもこいつ、ぜったい僕のことが好きだ。
バロンの全身から溢れる好意に、一瞬にしてきゅ〜んと掴まれ、それから一気に膨らむ胸。
長い睫毛を瞬かせて大きな目でバロンに見とれる剛の心は、すっかりハートを撃ち抜かれていた。
「剛くん、バロンにお座りさせてごらん」
おばあちゃんに耳打ちされてハッとした剛は、バロンに声を掛ける。
「バロン、おすわり」
……あ、座った!
座ると目線が近くなって、剛とバロンはまるで微笑み合ってるみたいにみえた。
アーモンド型の瞳をキラキラ輝かせながら「お手」も「お代わり」も上手にこなすバロンの前足としっかり握手をした剛は、大喜びでご褒美の肉片を与える。
「うふふ、バロン、くすぐったいよ」
小さな手を丸ごと口に入れるバロンの勢いに表情をこわばらせる祖母と母。それを横目にバロンはちゃんと歯を立てないようにご馳走だけを呑み込んで、それだけでは飽き足らずに剛の手をベロベロ舐めている。
以来、賢いバロンは剛を小さな飼い主として敬いつつ、対等な遊び相手となった。
ときには大切に守るべき対象として、とにかく四六時中傍にまとわりついて。
それこそ剛が家に居て、起きてる間はずっと……と言っていいくらい寄り添って過ごしたのだ。
晴れてる日はもちろんだが、こんな雨の日もだったな。
室内では大人しくするよう躾けられていたバロンは、まるで毛布のように剛に寄り添い、温もりを分かち合った安らぎの時間を、薪は想い出す。
互いに背中を預け合ったバロンの体はとてもあたたかく、ふかふかしていて。
背中にぬくもりを感じながら好きな本を読み耽る時間が、外で遊べる日とおんなじくらい、大好きだった。
そう、ちょうど今みたいに。
いつも楽しそうに揺れてる尻尾がトレードマークの、底抜けに明るい甘えん坊な犬だった。
母方の祖母が家族ぐるみで付き合う友人宅で育てられていたショードッグたち。そのなかで生後半年ですでに規格外の大きさに育ってしまったフラッティに一目惚れした祖母が、すぐさま譲り受けてきたのがバロンだった。
レトリバーの中でも元々明るくスタミナ抜群のフラッティを、さらに大型で陽気にしたようなバロンだ。
彼の昼間の遊び場が薪家にまで拡がり、小さな剛と仲良くなるのに時間はかからなかった。
さっそく、彼が来た翌日のこと。
庭にいた六歳の剛が、祖父母宅と繋がる庭の垣根から出ている動物の鼻を見つけて、ギョッと立ち竦んだのがふたりのはじまりで――
「お……お母さん、向こうのお庭に何かいる!」
「あら、バロンね」
二階のベランダから下を覗いた母は優しく笑いながら答え、剛の中で、昨日おばあちゃん家が若い大型犬を迎え入れた話とバロンがつながる。
「あっ、まって」
引っ込んでしまった鼻に慌てて垣根の隙間から剛がのぞくと、好奇心たっぷりに輝く榛色の目とばっちり目が合う……かわいい!
「待ってて! バロン」
ねぇ、お母さん。バロンに何かあげていい? と、息せき切って玄関に駆け込んでくる剛。
「そうねぇ、おばあちゃんに聞いてみるから待ってて」
階段を降りてきた母が、さっそく祖母に電話してくれた。
夕食の蒸し鶏を切り取った一片を手にした剛が庭に出ると、おばあちゃんがリードをつけて連れてきた大きな犬と初めてのご対面だ。
―あ、この犬笑ってる。
大きな犬だが、全く怖くない。
―しかもこいつ、ぜったい僕のことが好きだ。
バロンの全身から溢れる好意に、一瞬にしてきゅ〜んと掴まれ、それから一気に膨らむ胸。
長い睫毛を瞬かせて大きな目でバロンに見とれる剛の心は、すっかりハートを撃ち抜かれていた。
「剛くん、バロンにお座りさせてごらん」
おばあちゃんに耳打ちされてハッとした剛は、バロンに声を掛ける。
「バロン、おすわり」
……あ、座った!
座ると目線が近くなって、剛とバロンはまるで微笑み合ってるみたいにみえた。
アーモンド型の瞳をキラキラ輝かせながら「お手」も「お代わり」も上手にこなすバロンの前足としっかり握手をした剛は、大喜びでご褒美の肉片を与える。
「うふふ、バロン、くすぐったいよ」
小さな手を丸ごと口に入れるバロンの勢いに表情をこわばらせる祖母と母。それを横目にバロンはちゃんと歯を立てないようにご馳走だけを呑み込んで、それだけでは飽き足らずに剛の手をベロベロ舐めている。
以来、賢いバロンは剛を小さな飼い主として敬いつつ、対等な遊び相手となった。
ときには大切に守るべき対象として、とにかく四六時中傍にまとわりついて。
それこそ剛が家に居て、起きてる間はずっと……と言っていいくらい寄り添って過ごしたのだ。
晴れてる日はもちろんだが、こんな雨の日もだったな。
室内では大人しくするよう躾けられていたバロンは、まるで毛布のように剛に寄り添い、温もりを分かち合った安らぎの時間を、薪は想い出す。
互いに背中を預け合ったバロンの体はとてもあたたかく、ふかふかしていて。
背中にぬくもりを感じながら好きな本を読み耽る時間が、外で遊べる日とおんなじくらい、大好きだった。
そう、ちょうど今みたいに。
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