ディナーまで八分待って

 こんな間抜けた状況があるだろうか。

 福岡に住む恋人に会いに行ったら、入れ違いに相手が東京に来ていたなんて。
 遠距離恋愛中、しかも今夜は恋人の誕生日なのに。
 自分の間抜け加減に、ガッカリだ。


「お前、なぜ……」

「なぜ、って俺だって言いたいですよ。前にお伝えしましたよね? ずっと行きたかった外苑前の創作和フレンチ店の予約が取れたので、一緒に行こうって……」

 1000km隔てたケータイ越しの会話。
 青木にしては珍しく落胆を露わにした声を聞きながら、薪は埋もれていたその“約束”を、降り積もる記憶の中から引っ張り出した。
 話を聞いたのは、まだ夏の終わりじゃなかっただろうか。半年先まで予約が埋まる店なのに12/9だけ奇跡的に二席空いていた、と喜んでいたのを覚えてたのに。それがどうして“今日”と繋がらなかったのだろう。
 予約困難店に行きたがるとか、そもそものジェネレーションギャップ的な温度感があるのも否めない……

「……まあ、忘れてたのなら仕方ないですね」

 仕事では熱くなることもあるが、プライベートで青木が声を荒げるのは聞いたことがない。

「待ってていただけますか?今から福岡そっちへ戻りますんで……」

 互いに忙しく、今日の予定を確かめ合うことすらしなかったのも悪いのだ。
 今まで記憶違いなんてしたことがないのに、ただ逢いたい一心で飛んで行った1000kmのすれ違い大移動。自分の浮かれ加減が今更ながら恥ずかしくて悔やまれる。

「いや、悪いのは僕だ。東京そっちへ戻るから、お前は予定どおりその店へ行くといい」

 恋心の機微がビミョーにわからない、ある意味擦れてない薪の親切心・・・が、青木の傷心をさらに抉った。

「……はあ。さすがに一人では……」

「波多野とか山城とか、職場に残ってる奴を連れていけばいいだろ」

「……ええ、考えます」

 モヤモヤする気持ちを抑え、青木は会話を終わらせた。
 食事自体も大事だけど、こういうのは“誰と食べるのか”が一番重要なんであって、薪さんとじゃないとむしろ行きたくないし……という反論を口にする気力も失せていたのだ。

「薪さんも、乗られる便が決まったら一応連絡くださいね」

 うん、という小さな声を受け取った青木は、通話をオフにして、盛大なため息とともに第三管区に重い足を向けた。
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