2066 海の別荘

「そういえば、青木は?」

「潰れてますよ。あっちの奥で」

「あいつが?珍しいな」

夜もすっかり更けた広間には、末っ子を除く旧メンバー現室長組しか残ってない。
薪は岡部、小池、宇野、曽我の顔を順番に見やり、最後に小さく微笑んだ。

「僕たちもそろそろ寝るか」

「そうっスね」

気心知れた連中との夜の語らいは楽しいが、週末の一泊旅行で、立場上無理もできない。
ほどよい疲労とほどけた空気のなかで、四人は頷きあった。

「じゃあ俺たちも曽我んとこで、雑魚寝に混ぜて貰いますね」

「ああ、片付けはいいからもう行け」

朝一番には仕出し屋が入って広間を片付け、朝食を並べてくれる。
宇野と小池の飛び入りは折り込み済みだから、雑魚寝どころか浴衣も布団もちゃんと用意してあった。

想定外なのは“あっちの奥”で潰れてる大男だけだ。

そして広間を後にする薪の足が、迷わず青木のいる部屋へと進んでいくのを、室長たちは決して見逃しはしなかった。


「………うーん……」

その奥の部屋は薪が昼間いた書斎だ。
自分が寝るために用意していたシングルの布団からはみ出して、図体の大きな男が点けっぱなしの電灯の下で大の字で寝ていた。
はだけた浴衣から伸び伸びと露出した大柄な肢体。
強い日射しを吸収しすぎたその肌の火照りが、薪自身の肌に転移して疼きだす。

「ぶへっくしょい!」

かけっぱなしの眼鏡をはずしてやった瞬間、襲来したくしゃみの応酬に、薪は身を竦めた。
本当にとことん手がかかる奴だ。
寝汗が冷えたのか酔いがさめたのか。身震いしながら大きな身体を丸めるように寝返りをうつ背中に眉をひそめた薪は、隣室の押し入れから掛け布団を引っ張り出してすぐに戻ってくる。

「青木。寒ければこれを……」

背後から掛布団をかけてやるつもりが、逃げていくように丸まる大きな背中に、後ろから抱きつくみたいな格好になる。

「あおき……?」

回した手をガッシリと掴まれた温もりに驚きながらも、そのまま青木の肌に馴染む寝間着に頬を埋めた薪は、背中から響く鼓動にさそわれて、溶けていく意識を委ねるようにそっと目を閉じる。

どれくらいそこで漂っていたのだろう。

汗の混じる風呂上がりの肌の熱。響いてくる鼓動と酒臭い寝息の入り交じる腕の中に、薪の肢体はいつの間にか雁字搦めにされていた。
もう今は片利共生だろうと構いはしない。
心地よく動けなくなった薪は、大木に絡む蔦になった夢をみていた。
瑞々しい大樹の太い幹の隙間に緻密な根を這わせ、光も水も風も共有しあいながら年輪をかさねてゆき、ともに枯れるまでの、気の遠くなるような永い夢を。
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