2066 海の別荘
「おっ、青木、お疲れさんだったな」
「あ、どうも、ありがとうございます」
一番最後に風呂から上がってきた青木を隣の座蒲団に呼び寄せ、岡部がビールを注ぐ。
無垢材の化粧梁で組まれた吹き抜けの天井が美しい広間に、薪が誂えた浴衣を着た面々が和やかに集う。
流れに任せ参加は任意の宴会だが、一人残らず揃っている上に、仕事を終えた宇野と小池まで合流していた。
日に焼けた顔を火照らせた青木は、ビールを飲み干し、肩で大きく息を吐く。
ビーチ遊びもBBQもすべて最前線で、体を張って満喫した疲労感は心地よくもあった。
本人に自覚はないが、青木の活躍はこの家のホスト役も兼ねるものだったともいえる。たとえば客人たちに分け隔てなく気を配り、シュラスコの肉塊を最後まで完璧に切り分けた腕前なんかは、もはや肉バル店員並だろう。
何故ここまで張り切ってしまうのか。
青木の性分もあるが、この邸宅の優美な佇まいと隅々まで行き届くぬくもりへの愛着も、たぶん影響している。
薪家のこだわりが細部に宿るこの家に青木が肩入れするのは、DNAではないにしろその潮流を色濃く受け継ぐ薪自身に、青木が常日頃から心酔している証にほかならないのだ。
「ありがとな。お前がいてくれると薪さんのことも、色々助かるよ」
「そうそう、何だかんだであの人は青木がいると機嫌いいしな」
「いや、機嫌は……よくないですよ」
岡部と曽我に挟まれた青木は、決まり悪そうに肩を竦める。
手に取ったグラスは一瞬で空になり、曽我が調子よくおかわりでグラスを満たしてくれる。
「俺の存在意義なんて、ペットの癒し効果みたいなもんです。日頃の岡部さんたちの貢献にくらべたら全く役立たずですし……」
両隣の先輩にビールを注ぎ返しながら、青木は宇野と小池に囲まれて談笑する薪を遠い目で見つめた。
「ほほぉ~デキる“側室”は違いますね。寵愛を笠に着ることなく、常に“正室”を立てて大奥全体の調和を保っていくのですね~」
「でも、癒し役も仕事の補佐も両方できたのが鈴木副室長でしょ?やっぱりあの人の代わりになる人は、なかなか現れないってことよねぇ」
いつの間にか女子たちが背後の卓に並んで聞き耳を立て、好き勝手にコメントまでしている。
「コラ、お前らはオッサンたちの嘆きに茶々いれてくるんじゃない」
岡部がシッシッと手を払う仕草で女子たちを遠ざけるが、彼女らが去った後も、スガちゃんが放った言葉は、青木の胸に刺さったままのようだ。
「そうなんです。俺なんて鈴木さんと比べれば半人前以下です。だいたい見た目だって、鈴木さんはイケメンが服着て歩いてるような人ですし、どこをどんな角度でみたらこんな俺が似てるなんてことになるのかわかりません」
中身がどんどん消えてくグラスに呆れた岡部は、立ち上がり「次からこっちに変えとくか」と、向こうから持ってきた麦焼酎の瓶とアイスペールを卓上にドンと置く。
「鈴木さんと俺の共通点といったら、薪さんを大好きなとこくらいしかないのに……」
“いや、それさえ俺は敵わない”と青木は自責の念にかられる。
鈴木の脳にいた薪は、いつも綺麗で純粋で。心を許した相手にしか見せない柔和な表情や、澄みきった感情を映す薪の瞳の輝きは、青木が未だかつて見たことのないものばかりだった。
対する今の自分の脳内は、誰にも見せられない。情欲まみれの視線で薪を穢し、おこがましくも独占欲さえ滾らせて、醜い限りだというのに。
「まあでも、お前はお前だろ。あの薪さんがお前に誰かの代役を求めるわけないと思うぞ」
「……ええ、そう思いたんですが……」
麦焼酎をあおる青木は、やけ酒モードが加速しすぎて、先輩にロックを作らせてることにすら気づいていない。
「ダメなんです。俺だってもっと、薪さんのお役に立ちたいのに歯がゆくて……」
「ゴホン、それは……本人に伝えてやってくれ」
困惑を持て余して逸らした視線の先で、薪とバッチリ目が合ってしまった岡部は慌てて下を向く。
さっきから青木と薪の互いを気にする視線がチラチラと交差しているのを感じとり、極力見ないようにしてたのに、タイミングが悪すぎだ。
「あ、どうも、ありがとうございます」
一番最後に風呂から上がってきた青木を隣の座蒲団に呼び寄せ、岡部がビールを注ぐ。
無垢材の化粧梁で組まれた吹き抜けの天井が美しい広間に、薪が誂えた浴衣を着た面々が和やかに集う。
流れに任せ参加は任意の宴会だが、一人残らず揃っている上に、仕事を終えた宇野と小池まで合流していた。
日に焼けた顔を火照らせた青木は、ビールを飲み干し、肩で大きく息を吐く。
ビーチ遊びもBBQもすべて最前線で、体を張って満喫した疲労感は心地よくもあった。
本人に自覚はないが、青木の活躍はこの家のホスト役も兼ねるものだったともいえる。たとえば客人たちに分け隔てなく気を配り、シュラスコの肉塊を最後まで完璧に切り分けた腕前なんかは、もはや肉バル店員並だろう。
何故ここまで張り切ってしまうのか。
青木の性分もあるが、この邸宅の優美な佇まいと隅々まで行き届くぬくもりへの愛着も、たぶん影響している。
薪家のこだわりが細部に宿るこの家に青木が肩入れするのは、DNAではないにしろその潮流を色濃く受け継ぐ薪自身に、青木が常日頃から心酔している証にほかならないのだ。
「ありがとな。お前がいてくれると薪さんのことも、色々助かるよ」
「そうそう、何だかんだであの人は青木がいると機嫌いいしな」
「いや、機嫌は……よくないですよ」
岡部と曽我に挟まれた青木は、決まり悪そうに肩を竦める。
手に取ったグラスは一瞬で空になり、曽我が調子よくおかわりでグラスを満たしてくれる。
「俺の存在意義なんて、ペットの癒し効果みたいなもんです。日頃の岡部さんたちの貢献にくらべたら全く役立たずですし……」
両隣の先輩にビールを注ぎ返しながら、青木は宇野と小池に囲まれて談笑する薪を遠い目で見つめた。
「ほほぉ~デキる“側室”は違いますね。寵愛を笠に着ることなく、常に“正室”を立てて大奥全体の調和を保っていくのですね~」
「でも、癒し役も仕事の補佐も両方できたのが鈴木副室長でしょ?やっぱりあの人の代わりになる人は、なかなか現れないってことよねぇ」
いつの間にか女子たちが背後の卓に並んで聞き耳を立て、好き勝手にコメントまでしている。
「コラ、お前らはオッサンたちの嘆きに茶々いれてくるんじゃない」
岡部がシッシッと手を払う仕草で女子たちを遠ざけるが、彼女らが去った後も、スガちゃんが放った言葉は、青木の胸に刺さったままのようだ。
「そうなんです。俺なんて鈴木さんと比べれば半人前以下です。だいたい見た目だって、鈴木さんはイケメンが服着て歩いてるような人ですし、どこをどんな角度でみたらこんな俺が似てるなんてことになるのかわかりません」
中身がどんどん消えてくグラスに呆れた岡部は、立ち上がり「次からこっちに変えとくか」と、向こうから持ってきた麦焼酎の瓶とアイスペールを卓上にドンと置く。
「鈴木さんと俺の共通点といったら、薪さんを大好きなとこくらいしかないのに……」
“いや、それさえ俺は敵わない”と青木は自責の念にかられる。
鈴木の脳にいた薪は、いつも綺麗で純粋で。心を許した相手にしか見せない柔和な表情や、澄みきった感情を映す薪の瞳の輝きは、青木が未だかつて見たことのないものばかりだった。
対する今の自分の脳内は、誰にも見せられない。情欲まみれの視線で薪を穢し、おこがましくも独占欲さえ滾らせて、醜い限りだというのに。
「まあでも、お前はお前だろ。あの薪さんがお前に誰かの代役を求めるわけないと思うぞ」
「……ええ、そう思いたんですが……」
麦焼酎をあおる青木は、やけ酒モードが加速しすぎて、先輩にロックを作らせてることにすら気づいていない。
「ダメなんです。俺だってもっと、薪さんのお役に立ちたいのに歯がゆくて……」
「ゴホン、それは……本人に伝えてやってくれ」
困惑を持て余して逸らした視線の先で、薪とバッチリ目が合ってしまった岡部は慌てて下を向く。
さっきから青木と薪の互いを気にする視線がチラチラと交差しているのを感じとり、極力見ないようにしてたのに、タイミングが悪すぎだ。