2066 海の別荘
「こんにちは、お邪魔しまーす。この食材、冷蔵庫にお入れして良いですかね?」
その声には聞き覚えがあった。そしてかなり上背のあるシルエット。
「はい、お願いします………って、何でまたお前なんだっ!」
シュラスコ風の塊肉の串が山盛りに乗ったプレートを抱えて部屋に上がってきた大男を、薪があからさまに怒鳴りつける。
もちろんそれは、薪専用大型犬兼部下の青木一行だ。
「本物の業者はどこにいる!?」
「ビーチで器材をセットしてますよ。忙しそうだったんで、少しだけお手伝いを……」
「馬鹿か、勝手を知らないお前がやったら却って指示が面倒だろ。もう一切触るな」
「……はい、すみません」
プレートを片手に持ち替えて、青木は冷蔵庫のノブをしおらしく引く。
「じゃあこれだけ入れときますね。この奥でいいですか?」
「ああ」
大きなステンレス製冷蔵庫に腕と頭を突っ込んで喋る青木の背中を、自らの二の腕を抱きながら睨む薪。
危ない……こいつは似すぎてる。幼い頃両親と一度だけここへきた際一緒に連れてきた、茶色いレトリバーのバロンに。
姿を見た瞬間、首根っこに抱きついて背中を撫で頬擦りしたい衝動にかられたのは、きっとそのせいだ。たぶん。
「で、お前。今日白石はどうした?」
「えっ……あイテッ!」
薪の唐突な問いかけに、驚いた青木が庫内で頭を打つ。
そもそも白石は今回の参加対象者ではない。
「すみません、彼女には声掛けてませんが、何かあるんでしたっけ?」
打った後頭部を擦りながら冷蔵庫の扉を閉め、青木は薪に振り返る。
「それよりあの、町田の件について、ご報告があるんですが……」
「ああ、それは後で聞く。折角の機会なのに、白石が来ないのは残念だったな」
「……いえ、残念というか」
薪を見おろす青木の表情が、怪訝そうに曇る。
「婚活も手を抜くなよ」
青木の困惑にお構い無く、次々にかぶせられる噛み合わない平坦な言葉。
高い位置の腕組みは、共感の遮断と威圧の心理の現れといったところだろう。
感情を殺した薪の顔は美しく見惚れそうになるが、身に覚えのない話を迂闊に肯定するのはまずいと、青木は直感する。このテの話題は特にだ。
「え、ちょっと待ってください。俺の婚活と白石は無関係ですよね?彼女は部下ですよ。てか婚活自体俺はしませんけどね」
「…………」
彼女が “部下”だからなんだっていうんだ?
上司にあんな手紙を寄越したお前が、それを云える立場なのか?
“矛盾している―――”
ムッとして喉元まで込み上げた反論を、薪は思い直して呑み込んだ。
ここで部下との恋愛を推奨するような発言を下手に重ねれば、あのバカの背中をあらぬ方向へ押し、つまり自分のもとへ引き寄せることになりかねないのだ。
その声には聞き覚えがあった。そしてかなり上背のあるシルエット。
「はい、お願いします………って、何でまたお前なんだっ!」
シュラスコ風の塊肉の串が山盛りに乗ったプレートを抱えて部屋に上がってきた大男を、薪があからさまに怒鳴りつける。
もちろんそれは、薪専用大型犬兼部下の青木一行だ。
「本物の業者はどこにいる!?」
「ビーチで器材をセットしてますよ。忙しそうだったんで、少しだけお手伝いを……」
「馬鹿か、勝手を知らないお前がやったら却って指示が面倒だろ。もう一切触るな」
「……はい、すみません」
プレートを片手に持ち替えて、青木は冷蔵庫のノブをしおらしく引く。
「じゃあこれだけ入れときますね。この奥でいいですか?」
「ああ」
大きなステンレス製冷蔵庫に腕と頭を突っ込んで喋る青木の背中を、自らの二の腕を抱きながら睨む薪。
危ない……こいつは似すぎてる。幼い頃両親と一度だけここへきた際一緒に連れてきた、茶色いレトリバーのバロンに。
姿を見た瞬間、首根っこに抱きついて背中を撫で頬擦りしたい衝動にかられたのは、きっとそのせいだ。たぶん。
「で、お前。今日白石はどうした?」
「えっ……あイテッ!」
薪の唐突な問いかけに、驚いた青木が庫内で頭を打つ。
そもそも白石は今回の参加対象者ではない。
「すみません、彼女には声掛けてませんが、何かあるんでしたっけ?」
打った後頭部を擦りながら冷蔵庫の扉を閉め、青木は薪に振り返る。
「それよりあの、町田の件について、ご報告があるんですが……」
「ああ、それは後で聞く。折角の機会なのに、白石が来ないのは残念だったな」
「……いえ、残念というか」
薪を見おろす青木の表情が、怪訝そうに曇る。
「婚活も手を抜くなよ」
青木の困惑にお構い無く、次々にかぶせられる噛み合わない平坦な言葉。
高い位置の腕組みは、共感の遮断と威圧の心理の現れといったところだろう。
感情を殺した薪の顔は美しく見惚れそうになるが、身に覚えのない話を迂闊に肯定するのはまずいと、青木は直感する。このテの話題は特にだ。
「え、ちょっと待ってください。俺の婚活と白石は無関係ですよね?彼女は部下ですよ。てか婚活自体俺はしませんけどね」
「…………」
彼女が “部下”だからなんだっていうんだ?
上司にあんな手紙を寄越したお前が、それを云える立場なのか?
“矛盾している―――”
ムッとして喉元まで込み上げた反論を、薪は思い直して呑み込んだ。
ここで部下との恋愛を推奨するような発言を下手に重ねれば、あのバカの背中をあらぬ方向へ押し、つまり自分のもとへ引き寄せることになりかねないのだ。