2066 海の別荘

「すげ~薪さん、さすが名家の末裔。これって有形文化財とかじゃないスか?」

葉山の一等地に佇むレトロモダンな入母屋造の邸宅。
組子引戸をくぐり、ご機嫌で美しい前庭を通るのは、第六管区室長の曽我だ。

科警研では今年から、年度当初より三ヶ月間の検挙率上位の室長三名と、最優秀チーム一組が表彰されることとなった。
それに伴い、受賞者が葉山の“薪家別荘”に招待されるという、夢のような副賞企画も始まったのだ。
初の試みとなる今回は、トップ3管区室長にあたる岡部・今井・青木。全管区にわたる最優秀チームメンバーとして山城・波多野が招待されていた。筈なのだが……


(おい、何で曽我がいるんだ?)

(代理らしいですよ。業務都合で今井が来れなくなったみたいなんで)

(はぁ?第五管区の室長代理なら、同管区の副室長だろ。繰り上げるとしても第四の小池じゃないのか)

(でも、室長連中に声かけたの薪さんでしょ。小池や宇野も、仕事済んだら顔だすって張り切ってましたけど)

(………そうだったな)

玄関先で立ち止まり、小声で会話する薪と岡部。
険しく眉を寄せていた薪の表情が、旧第九の“家族”たちに思いを馳せて、ふと弛む。

「まあいい。あいつらとは積もる話もあるしな」

苦笑する岡部を残し、薪は先に居間に上がった曽我を追って歩いていく。


「おい曽我。そういえば結婚相手は見つかったのか?」

「ぅう……それが聞いてくださいよ!業務に追われて、最近見合いもろくにできなくて……」

曽我は情けない顔で薪に振り返り、両の手を合わせる。

「薪さん~頼みますよ。第三や第八みたく、どうかウチにも若手女子を~」

「わかった。約束はできないが善処する。まあ今日だっていないわけじゃないが…」

薪の眼差しが、廊下の先へと移った。
視線を追って振り向いた曽我の視界に、厨房から顔を覗かせた波多野と……ここにも“飛び入り参加者”がもう一人。第一研究室のスガちゃんがひらひらと手を振っている。

「薪所長♪今日はお招きありがとうございます。皆さんが持ち寄ったお酒やおつまみも、冷蔵庫とかに入れときましたよ」

「ああ、ありがとう」

端からキラキラした女子力を発揮するスガちゃんに対峙する薪の表情が、僅かにこわばった一瞬を波多野は見逃さなかった。
女子の参加者仲間がほしくて、大学の先輩であるスガちゃんを誘ったのは自分だ。が、その裏で黒田雪子が彼女の参加を猛烈に押していたのも知っている。
その昔の雪子と鈴木と薪の関係、そして新米時代の青木との絡みも勿論リサーチ済みだ。美魔女路線を順調に進む雪子だが35を越えたあたりから、公開処刑を恐れて薪の隣で断固水着姿にならないことも含めて……


“てかこの厨房すごくないですか?”

“ねぇ、コックとか板前がいそう~”

女子たちの会話を涼しい顔で聞き流す薪は、家の人間がここに滞在する間、料理人を連れてきてるのを当然知っている。

「あ、それと薪所長。夕食の食材とかってどうします?」

「僕が用意します。二人は遊んでてもらって結構。海へはここからも行けますよ」

所長の言葉遣いのただならぬ丁寧さに、身震いする波多野。

「わぁ、ホントだスゴ~い♪波多野ちゃん、着替えて来よっ」

「そ、そうですねっ」

勝手口から海を眺めてはしゃぐスガちゃんを、見やる薪の視界には“雪子の生き霊”が映ってるように、波多野には見えてくる。そうなるともう、波多野的リアルホラー妄想の増殖が止まらない。

スガちゃんが去った後の厨房を見渡し、スパイスラックを開く薪。
その横をくぐり抜けていく波多野は、ドキドキしながらそこを離れた。
所長は塩でも撒くつもりなのでは……と。

いや、もちろんそれは違う。
薪はバーベキュー用の調味料を確認していただけだ。
部屋の清掃も押し入れの布団も、全員に誂えた浴衣も、もう全部準備は完了だった。

そろそろランチやおやつ、夕食のBBQ食材などを、まとめて業者が届けにくる頃だ。
居間にあるアンティークな柱時計を見上げた薪は、肩でホッとひと息吐く。
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