はじめての夜~福岡泊
「えぇっ……マキちゃん、泊まってかないのぉ?」
夜までいっぱい遊んでくれたマキちゃんが離れていく気配に、凭れて微睡んでいた舞が、開けた目をこすりながら口を尖らせる。
「舞。今日マキ…さんは泊まるとこ決まってるから……ウチにはまた今度、お泊りしてもらおうね」
薪の袖口を掴んでいた舞の小さな手を優しくほどいて、お祖母ちゃんに託す青木。その横顔を見つめる薪の表情も、どことなく温かく和らいでいた。
「舞ちゃん……人懐っこいんだな」
「ええ。ていうか、薪さんへの懐きっぷりは格別ですよ。たぶんあれです……今、舞はディズニープリンセスとか綺麗なものにハマってるから……」
「…………プリンセス?僕と何の関係が……」
クールビューティな薪さんはエルサか、知的なベルだな……と、ハンドルを握る青木は、助手席の薪の怪訝な視線をものともせずに、勝手な想像を膨らませている。
この半日で(普段は尖った)薪のやわらかな一面に触れ、もしかしたら大はしゃぎだった舞よりも浮かれてるのかもしれなかった。
「で、どこのホテルなんですか?」
「…………」
またスルーだ。
さっきから、もう三度目。あてもなく繁華街に来てしまったが、そろそろ場所を教えてもらわないと、いくら土地勘がある青木でも、進みようがない。
「薪さん、聞いてます?」
「…………」
スルーを決め込んで車窓を見つめる薪の白々しい態度にため息をつき、青木は路肩に停車する。
「もういいです。行き先を教えてくださるまで、このまま待たせてもらいますから」
拗らせた上司の扱いには慣れている。こういうときはじたばたせず、じっくり向き合うことに決めていたから………
自惚れてるわけではないが、車内という狭い密室で青木に見つめられた薪の、平常心が長くは続かないと、経験則で踏んでいる。
案の定、薪は肩で大きく息をつきながら窓から視線を下に落とすと、ぽつりと白状した。
「…………取ってない」
「……………は??」
「日帰りで東京に戻るつもりだったから。宿なんて取ってるわけないだろ?」
とぼけた上目遣いで開き直る薪の仕草に擽られた青木は、ほだされた口調で呟いた。
「じゃあ俺の家に泊まって下さっても良かったのに……」
「駄目だ。お前の親御さんに、これ以上ご心配はかけられないだろう」
「ああ、いえそんな、すみません。母はいつもああなんで、薪さんは気になさらなくても……」
って、そういやなんで母は終始心配顔だったんだろうか?
青木はふと首をひねる。母がああいう顔をするのは、俺が恋人を連れてきた時くらいのものなのに…………
考えているうちに、なぜだか心拍数が上がり、頬が熱くなっている。
その空気が伝染したのか、薪もそわそわしだしているのを見て、青木は反射的に車のエンジンをかけた。
これは無意識の予防線だった。
ただでさえ自分と二人きりの密室を避ける薪が、発作的に車を降りてどこかへ消えてしまわないように―――
「…………おい、どこへ行くんだ?」
「予約無しでも泊まれるとこです」
「………あるのか?そんなところが?」
「ええ、空室があれば俺と二人で。って、中学生みたいな顔してこっち見ないでください(背徳感が……)」
「青木と二人?何で?」
「いいから、もう部屋入るまで黙っててくださいね」
口元に拳をあてがい眉根を寄せてぶつぶつ言ってる薪を横目に、ホテル街に直行した車は、“空”マークのついたホテルのパーキングに滑り込む。
周囲の車のナンバーはすべてボードで伏せられて“秘密”は一応守れそうな場所だ。
警察の“かなり偉い”人と“まあまあ偉い”人が、ふたりで仲良く入るような所じゃないのは百も承知だったが、今回だけは仕方あるまい。
「おい、勝手に入っていいのか?フロントはどこだ?チェックインは……」
「もう、お静かになさってください」
薪の肩に青木の腕が回り、手の平がそっと口を覆う。
「ムグ……おい、何の真似だ?」
長い睫毛の綺麗な瞳を瞬きさせて訊いてくる未成年みたいな上司を隠すように抱き、青木はそのままパーキングから直結する部屋へと連れ込んだのだった。
夜までいっぱい遊んでくれたマキちゃんが離れていく気配に、凭れて微睡んでいた舞が、開けた目をこすりながら口を尖らせる。
「舞。今日マキ…さんは泊まるとこ決まってるから……ウチにはまた今度、お泊りしてもらおうね」
薪の袖口を掴んでいた舞の小さな手を優しくほどいて、お祖母ちゃんに託す青木。その横顔を見つめる薪の表情も、どことなく温かく和らいでいた。
「舞ちゃん……人懐っこいんだな」
「ええ。ていうか、薪さんへの懐きっぷりは格別ですよ。たぶんあれです……今、舞はディズニープリンセスとか綺麗なものにハマってるから……」
「…………プリンセス?僕と何の関係が……」
クールビューティな薪さんはエルサか、知的なベルだな……と、ハンドルを握る青木は、助手席の薪の怪訝な視線をものともせずに、勝手な想像を膨らませている。
この半日で(普段は尖った)薪のやわらかな一面に触れ、もしかしたら大はしゃぎだった舞よりも浮かれてるのかもしれなかった。
「で、どこのホテルなんですか?」
「…………」
またスルーだ。
さっきから、もう三度目。あてもなく繁華街に来てしまったが、そろそろ場所を教えてもらわないと、いくら土地勘がある青木でも、進みようがない。
「薪さん、聞いてます?」
「…………」
スルーを決め込んで車窓を見つめる薪の白々しい態度にため息をつき、青木は路肩に停車する。
「もういいです。行き先を教えてくださるまで、このまま待たせてもらいますから」
拗らせた上司の扱いには慣れている。こういうときはじたばたせず、じっくり向き合うことに決めていたから………
自惚れてるわけではないが、車内という狭い密室で青木に見つめられた薪の、平常心が長くは続かないと、経験則で踏んでいる。
案の定、薪は肩で大きく息をつきながら窓から視線を下に落とすと、ぽつりと白状した。
「…………取ってない」
「……………は??」
「日帰りで東京に戻るつもりだったから。宿なんて取ってるわけないだろ?」
とぼけた上目遣いで開き直る薪の仕草に擽られた青木は、ほだされた口調で呟いた。
「じゃあ俺の家に泊まって下さっても良かったのに……」
「駄目だ。お前の親御さんに、これ以上ご心配はかけられないだろう」
「ああ、いえそんな、すみません。母はいつもああなんで、薪さんは気になさらなくても……」
って、そういやなんで母は終始心配顔だったんだろうか?
青木はふと首をひねる。母がああいう顔をするのは、俺が恋人を連れてきた時くらいのものなのに…………
考えているうちに、なぜだか心拍数が上がり、頬が熱くなっている。
その空気が伝染したのか、薪もそわそわしだしているのを見て、青木は反射的に車のエンジンをかけた。
これは無意識の予防線だった。
ただでさえ自分と二人きりの密室を避ける薪が、発作的に車を降りてどこかへ消えてしまわないように―――
「…………おい、どこへ行くんだ?」
「予約無しでも泊まれるとこです」
「………あるのか?そんなところが?」
「ええ、空室があれば俺と二人で。って、中学生みたいな顔してこっち見ないでください(背徳感が……)」
「青木と二人?何で?」
「いいから、もう部屋入るまで黙っててくださいね」
口元に拳をあてがい眉根を寄せてぶつぶつ言ってる薪を横目に、ホテル街に直行した車は、“空”マークのついたホテルのパーキングに滑り込む。
周囲の車のナンバーはすべてボードで伏せられて“秘密”は一応守れそうな場所だ。
警察の“かなり偉い”人と“まあまあ偉い”人が、ふたりで仲良く入るような所じゃないのは百も承知だったが、今回だけは仕方あるまい。
「おい、勝手に入っていいのか?フロントはどこだ?チェックインは……」
「もう、お静かになさってください」
薪の肩に青木の腕が回り、手の平がそっと口を覆う。
「ムグ……おい、何の真似だ?」
長い睫毛の綺麗な瞳を瞬きさせて訊いてくる未成年みたいな上司を隠すように抱き、青木はそのままパーキングから直結する部屋へと連れ込んだのだった。