はじめてのお泊まり~青木家

後日のおまけ #薪視点


目覚めた僕の視線が、無意識にアイツを探す。
愚かな条件反射だ。
見境なく繰り返す自堕落な行為もすべて。
冷静に考えれば、ありえない。
部下の東京出張のたび重ねる逢瀬なんて―――

今夜だって高級ホテルの上層階に、のこのこついてきた。
部屋に入るやいなや、互いの感触と熱を貪りあいながら、絶頂へと一直線。
貪り喰われた身体をベッドに投げ出したまま、Heiße Himbeerenに溺れたヴァニラアイスみたいにとろけて眠りのなかに崩れた。
そして目覚めればまた性懲りもなく、さっきまで結ばれていたぬくもりを追うのだ。

「薪さん…」
大きなFIX窓から三ヶ月ぶりの東京の夜景を見ていた長身の男が、僕の視線に振り返った。
スッキリした風呂上がりのローブ姿で見返してくるその表情は、ガラスの向こうにちりばめられた無数の光より、僕の目にはずっと綺麗に映る。

「何か飲みますか?」

「うん、それ、」

僕はベッドからミニバーの中央に見える透明な瓶を指差した。

「ストレートでいい」

「………わかりました」

青木は肩を竦め、アブソルートを注いだショットグラスをベッドまで持ってくる。
僕は取り上げるように手にしたグラスを、一気に飲み干し肩で息をついた。

「もう一戦交えますか?」

「言い方、オヤジ臭いぞ」

そう言いながらもベッドにもつれ込み、合わせる肌は正直だ。
色気ない言い草は、青木の天性のセンスの無さだが、僕を身構えさせないようあえて甘さを消しているせいもある。
その割に言葉と行動は、完全にちぐはぐだった。
オジサン同士の性処理相手を態々、ラグジュアリーなホテルに身銭を切って連れて来たりはしない。その愛撫の一つひとつから滲みでる甘さに侵食されていく僕を、朝までベッドから脱け出せなくさせる。

「………ん…………はぁ……」

甘いキスの余韻を残して、ねっとりと唇が離れていく。
今度はどこに降ってくる?
首筋を伝うのか、胸元を弄ぶのか、それとも……
「………」
長く感じる空白に焦らされた僕は、眉間に皺を寄せたまま薄く目を開く。

「俺の実家以来ですね」

「………そうだな」

リベンジとでも云いたげな青木の真顔に、僕は湿った吐息で苦笑する。
結局あの日は、濃厚な前戯のさなかに下校してきた舞を世話する時間へと、急遽切り替えざるを得なかった。
そのせいで、僕の熱を解き放つミッションは辛うじてクリアしたものの、青木自身は未遂のまま強制中断されたのだ。

今日はゆっくりできますね、と囁く口唇が耳裏を撫で上げて優しく包んだ。
そして、ゆったりとした空気のままさらりと、聞き捨てならないことを喋りだす―――

「あれから母がうるさいんですよ。薪さんみたいなひとを嫁に貰え、とか言って」

「……っ……」

僕みたいかどうかはさておき “嫁を貰え” というのには同感だ。
尖端を転がす舌に肌をざわめかせながらも、冷静な思いが脳内を巡る。こいつはこんな平らな胸を必死で貪っている場合じゃないのだ、と。

「お前、まだ僕が実は女でヤッター!なんて夢見てるんじゃないだろうな」

「ないですよ。あなたの身体をこれほど堪能しておいて、今さら性別なんてどうでもいい」

舌先で胸の突起を弄りながら喋る青木の手が、僕の脚の付け根に躊躇なく伸びる。

「俺は薪さんがいいんです。それに……」

わかってると思いますが、あなたを青木家の嫁にしたいとは思ってませんよ。何度も言ってますが、ウチのことは俺一人でなんとかしますから。あなたはそういうのじゃなくてただ俺と愛し合って、家族になってくれれば良いんです。と、愛撫を休めず青木は宣言した。

困った末っ子長男だ。
こいつに僕の身体の扱いを教えてしまった罪悪感とはうらはらに、肉体的快楽に追い詰められた涙が視界を霞ませる。

「……馬鹿な奴。雪子さんもそうやって破局に追いやったんだろ」

「やめてください。その話はもう」

“挿れますよ” と囁かれて、反射的に目を閉じる。
解された身体が青木の昂りをきつく呑み込んで、二つの身体がまた繋がる。

「あのまま彼女と結婚しておけば……」

「不謹慎ですよ。あのひとはもう人妻ですし、それにあなた今、俺と何してるんです?」

集中してください、とキスで口を塞がれて思考が溶けた。
青木の形に馴染んだ体内で、ゆっくりと刻み始める深く濃密な律動。

“何でわざわざこんなところへ?東京の夜景なんていつでも事務所から見られるだろう”

乱されていきながらふと、この部屋に踏み込んだ時の僕の呟きに、青木が返した言葉を思い出す。

“あなたと二人きりで見たいんです。せっかくの特別な日なので”

青木にとって、これは“特別”なのか。

僕にとってはもう“当然”になってしまっている。

東京と福岡を互いに行き来するのと、求めあい一つになるのが、まるでセットで。
仕事を片付けて気づけば、いつもこいつの腕の中で裸に剥かれて気持ちよく喘いでいる。


「あの時、彼女に対する責任を一方的に放棄したも同然で……俺は酷い奴でした。薪さんのことは、最後まで一緒に戦いたいただ一人の人だと言い切れたのに……」

二度目のセックスは終始優しくて、シーツに沈んで心地よく微睡みかけていた僕は、しぶしぶ意識を巻き戻した。
煩いな、その話をやめろと言ったのはお前の方じゃなかったのか……?

「で?今はどうなんだ、お前にとって僕は……」

「ええ、今ではもっと簡単ですよ」

温かい手に裸の両肩を強く掴まれて、僕は思わずぱちりと目を開けた。

「あなたは俺が愛するただ一人の人なんですから」

肩越しに大きな窓の夜景を背負った若い燕は、前よりか少し大人びた真摯な顔で、またもや懲りない告白を繰り返すのだった。
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