はじめての夜~福岡泊
後日のおまけ #薪視点
あの夜、青木は僕を抱いた。
さいごまで到達させられるか不安だった僕の、表面も裏側もぜんぶを奪った青木は、そのまま結合の奥深くで上り詰めて果てた。
そして僕は一生分の充足に呑み込まれて、深く眠ったのだ。
翌朝はどんな顔で目覚めたらいいのか………戸惑いしかない。
恐る恐る目を開けて、平静を装いながら顔を起こした。
「………おはようございます」
ベッドサイドの肘かけ椅子に姿勢よく座ってスマホを見ていた青木が、僕に気づいて真っ直ぐな視線を寄越す。
「薪さん、お戻りの飛行機は朝イチの東京行でいいですか?」
「え………あ、うん」
「この時間なら、俺、お送りしてから出社しますんで」
「見送りは要らない。タクシーを……」
「いいえ、警察の偉い人がここにタクシー呼ぶのはマズいです。まだ早朝ですし、俺の車でこっそり出ましょう」
不本意だが、もっともな選択だった。
僕は腰から下に力が入らないのを必死に隠して、シャワーを浴び、身支度をして。
機上の人となった頃には、また泥のように眠りこけた。
いろいろ軌道修正しつつ第三管区の事務所の入口に立った僕は、“現実”に戻る手前で大きく息を吐く。まだ微かにどこかに潜む昨夜の余韻を残らず強制消去しようとしたのだが………その瞬間、ドアが開いて波多野の明るい声が耳に飛び込んできた。
「あーっ、梅ケ枝餅!青木さんに会われたんですね!お元気でしたか?」
「波多野。お帰りなさいが先だろ。って薪さん大丈夫ですか?今、足、ふらついて……あ危ないっ………!」
クソッ……あいつが土産なんて持たせるから話がややこしくなるんだ。刻まれた熱が一気にぶり返して強烈な目眩に襲われた僕は、岡部に支えられながらひそかに舌打ちをする。
「薪さん、いつ青木と会われたんです?第八管区に極秘ミッションでも?」
「違うっ!うるさい。あの男の名前を今僕の前で出すな」
「…………はあ??」
あれは………
青木のあの凪いだ表情は、相当覚悟を決めていないと出来ない顔だと思う。
崩れるようにソファーに腰を下ろした僕は、目覚めた時に見た青木の凛とした姿を無意識に反芻する。
あいつはバカなりに忠実だ。
“生ぬるい覚悟で側に近寄るな”と突き放した僕を、懲りもせずどこまでも追ってきたのは“待っている”という僕の言葉をただ信じてるから。
そして隙をついて僕を切り崩し、弱味を握った癖に、それをおくびにも出さず、飛行機に乗せて現実へと送り届けた。
しっかりしろ!余韻から醒められないのは、僕だけじゃないか。
充足を覚えてしまった体につきまとう睡魔を振り払うように、僕はソファーの上でノートPCを開いた。
現実に立ち返る頭と、ついてこれない心と体がまるでバラバラのまま―――
それから数ヶ月が経った初夏のこと。
僕が自身のバランスをどうにか取り戻していくにつれ、じわじわと不穏な影が各地からこの国を覆いはじめた。
ホラームービーがもたらす恐怖と狂気の急速な増殖だ。
そして、動きの悪い手足にしびれを切らした僕は、独走体制で誰の追随も許さずに訪れた筈の“最終手段”の場所で、しっぽを振って待ち構えているあの大型犬……いや大男に再会したのだ。
「青木、何でここにいるんだ?」
「まず“コレは何だ”って聞きませんかねぇ」
血の気が引いて、わなわな震える僕を前に、青木が差し出したのは“捜査の核心”となるデータだ。
凶事の根源ともいえるオリジナルコンテンツを、自ら入手してきたのだと事もなげに言う。
そんなふうに僕を先回りできるほど、事件の謎に踏み込んでいるこの男の成長に……僕の心は否が応にも揺さぶられている。
動揺もあって感情的に当たり散らす上司の圧力にも屈せず、それどころか宥めつつ正答を導きだそうと苦心している。
紆余曲折しながらも、僕に負けじと突き進む青木の健気な姿を見て―――僕は心のどこかで思う。
僕が青木に教えられることは、実はもう多くないのかもしれない、と。
部下じゃなく、一人の男として………青木のこと見ている自分を、認めてしまいたいのか、それとも怖くて拒絶したいのか………葛藤が発熱に繋がったのだと思う。
もう、限界だった。
あの夜、青木は僕を抱いた。
さいごまで到達させられるか不安だった僕の、表面も裏側もぜんぶを奪った青木は、そのまま結合の奥深くで上り詰めて果てた。
そして僕は一生分の充足に呑み込まれて、深く眠ったのだ。
翌朝はどんな顔で目覚めたらいいのか………戸惑いしかない。
恐る恐る目を開けて、平静を装いながら顔を起こした。
「………おはようございます」
ベッドサイドの肘かけ椅子に姿勢よく座ってスマホを見ていた青木が、僕に気づいて真っ直ぐな視線を寄越す。
「薪さん、お戻りの飛行機は朝イチの東京行でいいですか?」
「え………あ、うん」
「この時間なら、俺、お送りしてから出社しますんで」
「見送りは要らない。タクシーを……」
「いいえ、警察の偉い人がここにタクシー呼ぶのはマズいです。まだ早朝ですし、俺の車でこっそり出ましょう」
不本意だが、もっともな選択だった。
僕は腰から下に力が入らないのを必死に隠して、シャワーを浴び、身支度をして。
機上の人となった頃には、また泥のように眠りこけた。
いろいろ軌道修正しつつ第三管区の事務所の入口に立った僕は、“現実”に戻る手前で大きく息を吐く。まだ微かにどこかに潜む昨夜の余韻を残らず強制消去しようとしたのだが………その瞬間、ドアが開いて波多野の明るい声が耳に飛び込んできた。
「あーっ、梅ケ枝餅!青木さんに会われたんですね!お元気でしたか?」
「波多野。お帰りなさいが先だろ。って薪さん大丈夫ですか?今、足、ふらついて……あ危ないっ………!」
クソッ……あいつが土産なんて持たせるから話がややこしくなるんだ。刻まれた熱が一気にぶり返して強烈な目眩に襲われた僕は、岡部に支えられながらひそかに舌打ちをする。
「薪さん、いつ青木と会われたんです?第八管区に極秘ミッションでも?」
「違うっ!うるさい。あの男の名前を今僕の前で出すな」
「…………はあ??」
あれは………
青木のあの凪いだ表情は、相当覚悟を決めていないと出来ない顔だと思う。
崩れるようにソファーに腰を下ろした僕は、目覚めた時に見た青木の凛とした姿を無意識に反芻する。
あいつはバカなりに忠実だ。
“生ぬるい覚悟で側に近寄るな”と突き放した僕を、懲りもせずどこまでも追ってきたのは“待っている”という僕の言葉をただ信じてるから。
そして隙をついて僕を切り崩し、弱味を握った癖に、それをおくびにも出さず、飛行機に乗せて現実へと送り届けた。
しっかりしろ!余韻から醒められないのは、僕だけじゃないか。
充足を覚えてしまった体につきまとう睡魔を振り払うように、僕はソファーの上でノートPCを開いた。
現実に立ち返る頭と、ついてこれない心と体がまるでバラバラのまま―――
それから数ヶ月が経った初夏のこと。
僕が自身のバランスをどうにか取り戻していくにつれ、じわじわと不穏な影が各地からこの国を覆いはじめた。
ホラームービーがもたらす恐怖と狂気の急速な増殖だ。
そして、動きの悪い手足にしびれを切らした僕は、独走体制で誰の追随も許さずに訪れた筈の“最終手段”の場所で、しっぽを振って待ち構えているあの大型犬……いや大男に再会したのだ。
「青木、何でここにいるんだ?」
「まず“コレは何だ”って聞きませんかねぇ」
血の気が引いて、わなわな震える僕を前に、青木が差し出したのは“捜査の核心”となるデータだ。
凶事の根源ともいえるオリジナルコンテンツを、自ら入手してきたのだと事もなげに言う。
そんなふうに僕を先回りできるほど、事件の謎に踏み込んでいるこの男の成長に……僕の心は否が応にも揺さぶられている。
動揺もあって感情的に当たり散らす上司の圧力にも屈せず、それどころか宥めつつ正答を導きだそうと苦心している。
紆余曲折しながらも、僕に負けじと突き進む青木の健気な姿を見て―――僕は心のどこかで思う。
僕が青木に教えられることは、実はもう多くないのかもしれない、と。
部下じゃなく、一人の男として………青木のこと見ている自分を、認めてしまいたいのか、それとも怖くて拒絶したいのか………葛藤が発熱に繋がったのだと思う。
もう、限界だった。