はじめてのお泊まり~青木家

………は……ぁ……っ、どこ触って………っ……!?

「…………お前っ!」

飛び起きようとした薪の身体が、青木の腕の中でとろけて崩れる。

背中から抱かれたまま、結局朝まで眠ってしまったみたいだ。撫で回されていた肌が悩ましい熱を帯びて火照ってる。

「………いくらなんでも手癖が悪過ぎだ」

背後からシャツの中に這い込んでいる大きな手を振りほどき、ようやくベッドを脱け出した薪は、腹立ち紛れに頬をつねってやろうと伸ばした手で、額にかかる黒い直毛を梳くようにそっと撫でる。
無意識に唇を近づけた―――そのとき漂ってきたのは、作りたての味噌汁の匂いだ。

「……んご………ごはんのしたく……」

「僕がやる。お前はついて来るな」

「………ゴフ……ムぐっ………」

反射的に起き上がろうとした青木の頭を枕に捩じ伏せ沈めた薪は、すっくと立ち上がって部屋を後にした。


「あっ、マキちゃんだぁ!」

食卓でおばあちゃんに髪を結わえてもらっていた舞の顔が、こっちを見て輝く。

「おはようございます」

食卓の二人の前に膝をつき、深々と頭を下げ合った薪は、すぐに立ち上がって「いい匂いですね、手伝いましょうか」と、台所をさりげなく覗いた。

「ねぇ、マキちゃん。ツインテールかおだんご、どっちがいいかなぁ?」

「今日の服には“おだんご”が似合うかな」

さっきおばあちゃんの手の内で出来つつあった形を思い浮かべて、薪は背中越しに答える。
食事は概ね出来上がり、配膳するばかりの状態になっていた。

シンクの前の開け放した腰窓から風と光がそそぎ、台風一過を実感させる朝だ。

“きのうはすごい風だったね”という食卓の会話に頷く薪に、その実感はない。
色惚けもいいところだ。
青木に包まれたぬくもりにどっぷり浸かりきって、腕の中以外の情報を何一つ覚えていないのだから。

「いただきまぁす」

爽やかな青木家の朝食。
行ちゃんの定位置に座って微笑む薪を、おばあちゃんと舞が和やかな笑顔で囲み、自然と家族団欒の空気が満ちている。

「そういえば、一行の調子はどんなでしょうねぇ?」

「もう大分いいですよ。朝食にはお粥を用意しますね」

「あらまぁ、ご丁寧に……すみません」

青木の母はほだされた面持ちで、食卓の向かい側の性別不明の美人に頭を下げる。
娘のルームウェアがお似合いのその人は、朝の団欒を楽しむかたわらで、一行のために米からお粥を上手に炊いている。
食事が済むと、舞の身だしなみと持ち物を一緒に確かめ、玄関で手を振り送り出してくれる………まるで絵に描いたような“できた嫁”の具現なのだから。

バタバタしながら毎日よくやってくれている行ちゃんには申し訳ないが、かつてない優雅な朝に、母も舞もご満悦だった。
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