はじめてのキス~M.D.I.P視察

俺のことを“待っている”と言ってくれたその人は、目も眩みそうな高嶺にいて、今にも姿が消えてしまいそうに遠く霞む―――

―――PiPiPiPi―――

もしや、本当に夢だったのか?
携帯の着信音で目覚めた時、青木は一瞬そう思ったが、寝ているベッドのデラックス感に、今日の自分のゴージャスかつ無様な体験が現実であったと思い知る。

『青木、寝てるとこ悪いが……』

「………お、岡部さん?」

『薪さんが迎えに来いとさ』

「は?」

『かなり酔って俺に電話があったんだが、今行けるのはお前しか……』

「……………はぁ」

そういうことか。
なんだか、情けなさに輪をかけた真夜中。

元上司である薪が、同じ国の同じホテルに泊まってる自分じゃなく、日本にいる岡部に"お迎えコール"するなんて、どんだけ頼りにされてないんだっていう……。
青木はため息をつきながら、教えられた階下のバーに降りた。
上司を迎えにあがるのだから、当然髪型を決め、スーツとネクタイに着替え直して―――

「薪さん、お迎えにきましたよ。ご自分のお部屋、どこかわかりますか?」

「…………忘れた」

小さなバーのソファーに沈んでいた未成年のような上司は、手を差しのべた大柄な部下に寄りかかり、耳元でジンの香りの吐息を吐く。

「なら、落ち着くまで俺の部屋にお連れしますけど、後で怒んないでくださいよ」

「………うん、わかった」

抱き上げると、首に腕を回して、素直に身体を預けてくる薪が、どうしても可愛らしく見えてしまう。
酔ってるせいか、幼い口調もなんだか危なっかしくて………自分が着くまでに誰かに連れ去られなくて良かったと、青木は本気で胸を撫で下ろした。

「ええ、はい。チェックはお部屋につけてありますので結構です」

人の脳は勝手がいい。
受け答えするバーの店員の手元の伝票から見えた薪の部屋番号を……青木の中の狼が無意識に記憶せず揉み消した。
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