夕焼けで空が赤く染まった表札を見終えると武尊は斎藤の後に続いて玄関へと入った。



玄関に家の主を迎えに出てきた妻と帰宅した夫がいる図。



最初にここに来た時も同じような場面を見たと武尊は思ったが、その時と違うのは自分が言う言葉。




「ただ今帰りました。」



「お帰りなさい、武尊さん。」




そう言って微笑む時尾と、遅れて入ってきた武尊を振り返りフッと笑う斎藤。



今までずっとこうやってお帰りなさいと言われてきたような、それが当たり前のようなこの雰囲気に自分の少し後ろめたい気持ちが丸め込まれてしまっていくようでそんな自分に武尊は困惑した。



「さ、今日もお勤めお疲れ様でした。すぐ夕餉を用意いたしますからね。」



と、時尾は立ち上がった｡



「あ、時尾さん、私ちょっと制服についた土を落としてきますから先に食べててください。日が落ち切る前にやってしまいたいんです。」



武尊は一礼して斎藤と時尾の間を靴を持ってさささっと通り抜け裏庭へと向かった。



縁側に靴を置き、一張羅の着流しに着替えると武尊は井戸で硬く絞った手ぬぐいで繊維の間に詰まった細かい白い土を叩いた。



そして叩きながら今の状況をいろいろ考えた。



後ろめたいことをして帰って来たのに時尾に笑顔でいつものように『お帰りなさい』と言われて・・・。



「時尾さん・・・ごめんなさい・・・こんな私を。でも・・・。」



武尊はそう言って手を止めた。



そしてため息をつき制服を見つめる。



「この感情はここ（藤田の家）には持ち込まない・・・だけど今しばらく【斎藤一】を想う事を許して下さい・・・。」



そして斎藤が転勤になるということを思い出し、今までの斎藤を走馬灯のように思い出しながら武尊は泥を落としていく。



「終わった・・血抜きして物干しに干してっと・・。」





武尊が夕焼けも微かな紺色の空を見上げると一番星が光っていた。