幸せを取り戻す方法
出て直ぐは良い風だなぁ、なんて調子にのっていたが、
数分もすると直ぐに体が冷え込んできてしまう。
外に出たのは間違いだっただろうか。
昼間と違って夜は気温も下がるわけで、
当然昼間より寒いわけだ。
更には昼間より薄着をしていて、コートすら着ていない。
薄いTシャツを一枚着て、其の上から少し厚めの、
黒と白の柄の上着を羽織る程度。
「やっべ、さみい。おこたでまったりしていたいにゃー」
なんて猫のまねをしてみるも一人なのでむなしい。
「うん、バカだった。俺が悪かった。さてどうしよう。
特に行くアテもないが、ふむ、適当に歩いてみるか」
そうしてざくざくと適当に歩いていく事にした。
どれくらい歩いただろう。時間にしては二十分程度だったと思うが、
なにぶん時計を持ってきていないので良く分からない。
丁度T字路に差し掛かった所で俺は足を止める。
「ああ…此処は…」
白い息を吐きながら俺は呟いた。
このT字路は、目の前が公園になっていて、
其の両側に通路が分かれている。
小さい通路なので車一台がギリギリの幅。
更に其の公園の奥には集合住宅が並んでいる為、
ここらへんの子供たちは皆この公園へと遊びに来るのだ。
車の通りも特に無く、スピードも出せない上に、
周りには住宅街、少し先には今日いった商店街があり、
子供たちにとっては唯一の安全な遊び場となっている。
「公園、か、此処だよな、あいつが居た場所って」
六年前のこと────。
「はあ…」
深いため息を漏らし、ブランコに座っていた。
ため息をすると其の分だけ幸せが逃げる、
なんて誰かが言ってたのを思い出しながら、
「其の通りかもな」
なんていいながら空を仰ぐ。
「どうすっかなあ、バイト…クビになっちまった」
学生という事もあり、お金も必要、
という事で時給の高い夜勤に入っていた。
年齢的に夜間勤務は禁止になっていたが、
事情が事情なので特別に、ということで入れさせてもらっていたのだ。
しかしながら、其のバイト先で大きなミスをしてしまい、
流石の俺もフォローが出来ないと言われてクビになってしまった。
まぁ、其のバイト先でやらかしたミス自体は些細?なものだったのだが、
ミスした時の相手が悪かった。
お忍びでこのバイトに来ていたうちのチェーン店のお偉いさんで、
その場で凄く怒られたのだ。因みにこのとき、
店長からは今其処にえらいさんきてるから粗相の無いように、
とは聞かされていたのだが、かえってそれがプレッシャーになり、
普段しないようなポカをやらかした、というわけだ。
まぁ何てことはない、熱々の小さい土鍋を、
偉いさんの頭にひっくり返し、且つ、偉いさんの頭にかかった、
熱いスープは偉いさんの頭を綺麗に流していく。
其の時に目の前に落ちてきた黒いものを拾い上げ、
「落としましたよ」なんていうんだから其れはもう。
このときに偉いさんがヅラである事を周りが初めて知り、
知るきっかけとなった俺をクビにしろと泣き叫んでいたわけだ。
「うん、俺が悪いよな。そして些細なミスでもないな。
土鍋だもんな土鍋。熱いって」
店長にはクビ宣告をその場でされていたが、
店長としては良く働いてくれるし、クビにはしたくないんだが、
相手が悪かったね、ということだった。
そうして俺ははれてクビになり、これから先、
バイトを新しく見つけなければならないのだが、
今までの職場の時給がかなりよかった為に、ショックなのだ。
なかなかこの歳で良い時給のアルバイトというのは見つからないもので、
今回だって夜間勤務は特別だったのだし、
其れに幾ら時給が良いといえども、生活がギリギリだったのは変わらない。
そこで更に別のアルバイトを探して入ったとしても、
今までよりもっときつい生活になる事は目に見えていたからだ。
そんなわけでため息を付いてこれから先どうするかを考えていた。
「でもなぁ、結局の所出来るだけ自給高いところ探して、
其処に入れてもらうしかないよなぁ…ホント…」
そうして二度目のため息。当たりも暗くなり、
芯と冷える空。吐いたため息も白い吐息となり、消えていく。
「どうしたんですか?」
ふと声をかけられる。
顔を上げてみれば其処には見慣れない女性が立っていた。
髪は肩には触れない程度の短い黒髪。
背は俺より少し低い位か? この場には似合わない白いワンピース。
おいおい、夏じゃないんだから…。と思ったがどうやら上着を持っていたようで。
真っ黒いコートをいそいそと着込むと、じぃ、と俺の顔を見つめてきた。
「今ので貴方の幸せは減りましたねー」
なんて事を微笑みながら言うのだ。
「でも大丈夫なんです。逃げた幸せは取り戻せるんです」
そうしてぐっと掌を拳へと変える彼女。
ちょっと面白い奴、と思った俺は、少し付き合うことにした。
「で、其の幸せを取り戻す方法って何なの?」
たずねる。
「それはですね、こうするんです」
そういうと彼女はコートの中をあさり、
ピンク色をした小さな丸いモノを取り出した。
其れをくるりと回転させると、俺の顔が映っていた。
「ん…? 鏡…?」
そういうと彼女はそうです、といって、
胸元で小さく丸のような形を作る。
片手に鏡を持っていてうまく出来なかったようだ。
「これを見てください。そしたら…、
人差し指で口元を吊り上げてみてください」
変な事を言い出すな、と思いながらも、
今の俺にとってこの時間は気がまぎれる最高の時間だったに違いない。
半信半疑ながらも俺は言われたとおりにしてみる事にした。
「こ、こうか…? ぷ、くくく、あっははははは!
なんだこれ、すげー変な顔してるなー!
おうおう、此れが俺かぁ、うわ、変な顔、あはははは」
初めて見る自分の変な顔で爆笑する。
其れだけでは足りなかったので、
とにかくいろんな顔を作ってみた。
こうすればこうなってああすればこうなる。
するとこうなって、こういう変な顔が出来る。
なんて試行錯誤を繰り返していく。
そんな俺を見て彼女も笑っていた。
というより…微笑んでいるという方が近いだろうか。
「どうですか? 元気になりましたか」
そういって彼女は鏡をしまいこみ、くるりと一回転。
そうして両手を広げて続ける。
「今ので貴方には、さっき失った小さな幸せより、
少し大きくなった幸せを手に入れたんですよー」
言われて気付いた。そういえば此れは、
失った幸せを取り戻す方法…だったな。
気が付けば先ほどのため息もどうでもよくなっていた。
幸せ、というより、元気になるおまじないみたいなものだろう。
でも彼女が教えてくれて、そういってるのだから、
きっとそうなのだ。そう思う事にした。
「そうだね。元気になったよ、有難う」
そんな会話を交わし、俺たちは度々公園で会うことになっていた。
前に働いていた店長から電話があって、
いい店があるので紹介してやると言われ、
そこで働かせてもらう事になったり、
弟の誕生日があったり、道端で猫が喧嘩していたり、
学校のテストでいい点が取れたり、とにかく、
色んなどうでもいいような話をした。
今まで誰かと話す余裕が無かった俺にとって、
この時間はとても貴重な時間だった。
どんなくだらない話でも何も言わず聞いてくれる彼女の存在が、
とても自分の中で大きくなっていた。
数分もすると直ぐに体が冷え込んできてしまう。
外に出たのは間違いだっただろうか。
昼間と違って夜は気温も下がるわけで、
当然昼間より寒いわけだ。
更には昼間より薄着をしていて、コートすら着ていない。
薄いTシャツを一枚着て、其の上から少し厚めの、
黒と白の柄の上着を羽織る程度。
「やっべ、さみい。おこたでまったりしていたいにゃー」
なんて猫のまねをしてみるも一人なのでむなしい。
「うん、バカだった。俺が悪かった。さてどうしよう。
特に行くアテもないが、ふむ、適当に歩いてみるか」
そうしてざくざくと適当に歩いていく事にした。
どれくらい歩いただろう。時間にしては二十分程度だったと思うが、
なにぶん時計を持ってきていないので良く分からない。
丁度T字路に差し掛かった所で俺は足を止める。
「ああ…此処は…」
白い息を吐きながら俺は呟いた。
このT字路は、目の前が公園になっていて、
其の両側に通路が分かれている。
小さい通路なので車一台がギリギリの幅。
更に其の公園の奥には集合住宅が並んでいる為、
ここらへんの子供たちは皆この公園へと遊びに来るのだ。
車の通りも特に無く、スピードも出せない上に、
周りには住宅街、少し先には今日いった商店街があり、
子供たちにとっては唯一の安全な遊び場となっている。
「公園、か、此処だよな、あいつが居た場所って」
六年前のこと────。
「はあ…」
深いため息を漏らし、ブランコに座っていた。
ため息をすると其の分だけ幸せが逃げる、
なんて誰かが言ってたのを思い出しながら、
「其の通りかもな」
なんていいながら空を仰ぐ。
「どうすっかなあ、バイト…クビになっちまった」
学生という事もあり、お金も必要、
という事で時給の高い夜勤に入っていた。
年齢的に夜間勤務は禁止になっていたが、
事情が事情なので特別に、ということで入れさせてもらっていたのだ。
しかしながら、其のバイト先で大きなミスをしてしまい、
流石の俺もフォローが出来ないと言われてクビになってしまった。
まぁ、其のバイト先でやらかしたミス自体は些細?なものだったのだが、
ミスした時の相手が悪かった。
お忍びでこのバイトに来ていたうちのチェーン店のお偉いさんで、
その場で凄く怒られたのだ。因みにこのとき、
店長からは今其処にえらいさんきてるから粗相の無いように、
とは聞かされていたのだが、かえってそれがプレッシャーになり、
普段しないようなポカをやらかした、というわけだ。
まぁ何てことはない、熱々の小さい土鍋を、
偉いさんの頭にひっくり返し、且つ、偉いさんの頭にかかった、
熱いスープは偉いさんの頭を綺麗に流していく。
其の時に目の前に落ちてきた黒いものを拾い上げ、
「落としましたよ」なんていうんだから其れはもう。
このときに偉いさんがヅラである事を周りが初めて知り、
知るきっかけとなった俺をクビにしろと泣き叫んでいたわけだ。
「うん、俺が悪いよな。そして些細なミスでもないな。
土鍋だもんな土鍋。熱いって」
店長にはクビ宣告をその場でされていたが、
店長としては良く働いてくれるし、クビにはしたくないんだが、
相手が悪かったね、ということだった。
そうして俺ははれてクビになり、これから先、
バイトを新しく見つけなければならないのだが、
今までの職場の時給がかなりよかった為に、ショックなのだ。
なかなかこの歳で良い時給のアルバイトというのは見つからないもので、
今回だって夜間勤務は特別だったのだし、
其れに幾ら時給が良いといえども、生活がギリギリだったのは変わらない。
そこで更に別のアルバイトを探して入ったとしても、
今までよりもっときつい生活になる事は目に見えていたからだ。
そんなわけでため息を付いてこれから先どうするかを考えていた。
「でもなぁ、結局の所出来るだけ自給高いところ探して、
其処に入れてもらうしかないよなぁ…ホント…」
そうして二度目のため息。当たりも暗くなり、
芯と冷える空。吐いたため息も白い吐息となり、消えていく。
「どうしたんですか?」
ふと声をかけられる。
顔を上げてみれば其処には見慣れない女性が立っていた。
髪は肩には触れない程度の短い黒髪。
背は俺より少し低い位か? この場には似合わない白いワンピース。
おいおい、夏じゃないんだから…。と思ったがどうやら上着を持っていたようで。
真っ黒いコートをいそいそと着込むと、じぃ、と俺の顔を見つめてきた。
「今ので貴方の幸せは減りましたねー」
なんて事を微笑みながら言うのだ。
「でも大丈夫なんです。逃げた幸せは取り戻せるんです」
そうしてぐっと掌を拳へと変える彼女。
ちょっと面白い奴、と思った俺は、少し付き合うことにした。
「で、其の幸せを取り戻す方法って何なの?」
たずねる。
「それはですね、こうするんです」
そういうと彼女はコートの中をあさり、
ピンク色をした小さな丸いモノを取り出した。
其れをくるりと回転させると、俺の顔が映っていた。
「ん…? 鏡…?」
そういうと彼女はそうです、といって、
胸元で小さく丸のような形を作る。
片手に鏡を持っていてうまく出来なかったようだ。
「これを見てください。そしたら…、
人差し指で口元を吊り上げてみてください」
変な事を言い出すな、と思いながらも、
今の俺にとってこの時間は気がまぎれる最高の時間だったに違いない。
半信半疑ながらも俺は言われたとおりにしてみる事にした。
「こ、こうか…? ぷ、くくく、あっははははは!
なんだこれ、すげー変な顔してるなー!
おうおう、此れが俺かぁ、うわ、変な顔、あはははは」
初めて見る自分の変な顔で爆笑する。
其れだけでは足りなかったので、
とにかくいろんな顔を作ってみた。
こうすればこうなってああすればこうなる。
するとこうなって、こういう変な顔が出来る。
なんて試行錯誤を繰り返していく。
そんな俺を見て彼女も笑っていた。
というより…微笑んでいるという方が近いだろうか。
「どうですか? 元気になりましたか」
そういって彼女は鏡をしまいこみ、くるりと一回転。
そうして両手を広げて続ける。
「今ので貴方には、さっき失った小さな幸せより、
少し大きくなった幸せを手に入れたんですよー」
言われて気付いた。そういえば此れは、
失った幸せを取り戻す方法…だったな。
気が付けば先ほどのため息もどうでもよくなっていた。
幸せ、というより、元気になるおまじないみたいなものだろう。
でも彼女が教えてくれて、そういってるのだから、
きっとそうなのだ。そう思う事にした。
「そうだね。元気になったよ、有難う」
そんな会話を交わし、俺たちは度々公園で会うことになっていた。
前に働いていた店長から電話があって、
いい店があるので紹介してやると言われ、
そこで働かせてもらう事になったり、
弟の誕生日があったり、道端で猫が喧嘩していたり、
学校のテストでいい点が取れたり、とにかく、
色んなどうでもいいような話をした。
今まで誰かと話す余裕が無かった俺にとって、
この時間はとても貴重な時間だった。
どんなくだらない話でも何も言わず聞いてくれる彼女の存在が、
とても自分の中で大きくなっていた。