幸せを取り戻す方法

「さあ、冷めないうちに食べちゃいましょう」

そういって俺の背中を押して食卓へと連れて行かれる。

「ああもう分かってるってば! 押すなバカ!」

そういいながらも押されるままに食卓へとついた。
弟は其の姿を見ながら俺を指差して笑っていたが、
取り敢えず恥ずかしいので気付かなかったフリをしておく。大人だ、俺。

「いただきまーす」

三人で手を合わせていただきます。
まるで家族のような雰囲気だった。

懐かしい人が増えていたせいか、弟はいつもより沢山食べた。
口の周りにシチューをつけながらもおかわりをせがみ、
其の口元を優しくふき取っている彼女。
隣で弟のおかわりをつぎながらうるせえと怒る俺。

「うわ…明日もシチューで楽できると思ってたのに!
何かもうないぞ。おい、お前食いすぎだ。
なんでいつも食わねぇのに今日に限って!」

なんていっても弟はそっぽを向いて知らん顔。

「まぁまぁ、良いじゃないですか。食欲旺盛なのは良いことです。
そ、れ、に。ブロッコリーは栄養があるんでしょう? ふふ」

此処でブロッコリーを引き合いにだすかー!

「お前らなー! いい加減にしろー!」

そうして笑っている二人を見ながら、俺も笑っていた。
長いようで短い夕食が終わり、弟は自分の部屋へとゲームをしにいった。
なんでも今日発売日だったRPGがあるらしい。
俺は特にゲームに興味はなかった。
というよりゲームに興味を持つ暇がなかったというか、
そんな感じで最近のゲームには疎かった。
弟は何かあるたびに俺にゲームを見せてくれていた。
…無論、今日買ってきたゲームも見せてくれたが、
俺にはよく分からなかったのでよかったね、とだけ言っておいた。
そうしたら弟は、

「うん! すっごく楽しみにしてたんだ!
ちょっと高かったんだけど、このために、
お兄ちゃんから貰ってたお小遣いためておいたんだ!
へへ、やるぞー!」

なーんて言いながらバタバタと駆け出していく。
中学生にもなってなんかこう、まだ小学生みたいだなぁ。
なんてしみじみしていた。あれ、これじゃあ俺はおじさんか!?

「ふふ、元気ですねえ。癒されます」

彼女が言う。おなかいっぱい食べたのか、
足を少し崩してゆったりとしていた。

「ああ、そうだな。まぁあいつはあれがとりえだからさ。
っと、そうだ、お茶飲む? あったかいのいれるけど」

貰います、と一言だけ添えた彼女の言葉と同時に立ち上がり、
キッチンへと出向いてお茶っ葉を取り出していれる。
ゆるゆると注がれるお茶からはシチューとはまた違った、
良い香りがしていた。

「はいどうぞ。濃い目がいいんだったよな。
むかつく位濃くしておいたから」

そういってまるで玉露のような色をしたお茶を差し出す。
ちょっとした仕返しのつもりだったのだが、

「あ、大丈夫ですよ。私此れくらいが好きですから」

そういって差し出したカップを手に取る。
仕返しのつもりが喜ばせてしまったらしい。悔しい。

「ババア」

「なにかいいました? 聴こえませんでしたねー」

とはいったものの若干眉が歪んでるようにみえた。
おお、怖い。逆鱗に触れないようにしよう。

そうして先ほどまで慌しい食卓も静かになり、
お茶をすする音だけが辺りの静寂を乱していた。
今日一日でどれだけの事があっただろうか。
何食わぬ顔で商店街に出かけたかと思えば、
ウィキペディアでブロッコリー調べてた彼女が後ろから声をかけてきて、
ブロッコリーに取り敢えず夢中になっていた俺がいて、
ケーキも買っ…あ。

「そうだ、ケーキ買ってきたんだけど、食べる?」

思いついたように俺は言う。

「あ、え? 今ご飯食べた所じゃないですか。
もう少し後にしませんか? というより、
私の分、あるんです?」

そういえば買ったケーキは自分と弟の分で二つ。
この二つを俺とこいつで分けて食べるか。
許せ、弟。俺をからかった事と、
彼女の胸元ですりすりしていた罰だ!

「…弟と俺の分しか買ってねーや。
弟にケーキあげてくるから、俺の分を半分こ、でいいかな?」

ぽりぽりと頭をかきながら言う。
なんて弟大好きな俺! 偉い、偉いぞ俺…!

「ええ、構いませんよ」

そういって微笑む。こいつはこういう顔が自然と出るんだろうな。
そんな無意識に笑顔を作れてしまう彼女に、俺は惹かれたんだろう。
笑う事も泣く事もくじける事もすがる事も許されなかった過去。
そんな中でずっと変わらない笑顔を向けてくれた彼女に。


「あ、ああ…ちょっとまっててくれ。渡してくるから」

そういって俺は買ってきていたビターチョコのケーキを弟の部屋へと持っていく。
弟はさっきシチューを食べたばかりだというのに早速食べていた。
そしてフォークを置いた、と思えばゲームをかちかち。
少しするとフォークをつかんでケーキをぱくぱく。
なるほど…此れは見ていて面白い。
ゲームをしてる人とかっていつもこんな感じなんだろうか。

そんな光景を眺めているとケーキは残り半分をきっている。

「あんまり慌てて食うなよ、ゆっくり味わって食うんだぞ」

はーいと返事だけした弟を背に俺は彼女の元へと戻る。

「ふう、ゲームしながらケーキ食うだなんて、器用な奴だな」

なんて言いながらテーブルの横へと座る。
返事が返ってくるものとばかり思っていたので、
何も気にしていなかったが、返事が返ってこなかった。

「って、あれ?」

良く見るとソファーに横たわり、すうすうと寝息を立てていた。

「あらら、寝ちゃったか。…ったく、しゃーねーな。
人んちにきて飯食ったかと思えば寝てるなんてな。
ムードも何もあったもんじゃねえな。はは」

そういって俺は押入れにあった少し厚めの毛布を取り出し、
彼女を起こさないようにゆっくりとかける。

「よし、此れでいいな。うん。さて、何しようか。
取り敢えず、ああ、キッチンに置きっぱなしだったな」

そうつぶやきながら俺はキッチンへと向かう。
何というか独り言が多いと思うのは気のせいだろうか。
なんて考えながらキッチンで水をつけただけの、
夕食の食器を洗っていく。

「ふう、此れでよし、綺麗になったなった。
さぁてどうするかなぁ、このまま寝かせておいてもいいんだが、
うーん」

決めかねた挙句、取り敢えず寝かせておくという結論に出て、
自分がいると物音で起こすかもしれないという事で、
適当に外で時間を潰す事にした。
弟と遊んでもいいが、ゲームはいつも負けるからな。面白くない。
軽く着こなしてゆっくりと玄関にまで行き、ゆっくりと扉を閉める。

「鍵…はまぁ大丈夫だろう」

そうして俺はもう暗くなった町並みを何処行くでもなく歩き続ける。

「あ、手袋」

バカだった。
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