8/30炭義オンリー「渚」あとがき他

■タイトルの「渚」について
JR高山線 猪谷方面へと北へのぼると、飛騨の山々に囲まれた「渚駅」を通過します。渚と言えばチヌ釣りなどにもあるように海のイメージを持っていたため「海なし県(岐阜県)かつ、こんなに山深い場所になぜ”渚”?」とずっと思っていました。諸説ありますが、渚には、海のみならず川などの水辺(波打ち際)に集うという意味があったようです。
山深いここ渚駅も、飛騨川を活用して木材を運ぶなどの商いと営みがあり、人々が集っていた。
そうした背景から、周囲に人が集う山育ちの炭治郎に適用し、そしてすべては流れていくという連想から、本作のタイトルにした次第です。

■旅行先について
大正時代に東京から4日程度で行ける旅行先を考えた時、候補はたくさんありましたが、交通の便、歴史背景等を知っている場所でないと制作が難しいと考え木曽周辺を選びました。
炭義の距離が縮まったあの日の「蕎麦」が名物だったことも大きいです。

■冨岡について
私の表現力が足りず、分かりにくかったと思います。

本作では、冨岡は炭治郎への親愛はかなり強いものの「託されたものを繋いでいく」という使命感と、大人(成人)としての秩序が、炭治郎の手を取ることを止めたというイメージで描きました。
「(炭治郎も自分の人生について考えないとダメだ!)」と考えながらも、炭治郎から人生の矢印を向けられると狼狽える冨岡。

炭治郎に「繋いでいかないんですか?」と言われた事が、炭治郎と冨岡の心の距離をぐっと近づけることとなりましたが、皮肉にもその言葉こそが、彼らを遠ざける要因になるのかなと考えました。
肩を寄せ合うのではなく、お互いが認め愛した自分へとなるため
そして命を繋ぐために生きていくことを選択する・させる本作の冨岡です。

当初は「今世では交差しない運命(星まわり)だから、生まれ変わってきっと来世で」というようなことを強めに示唆したいと思っていましたが、しっくりこなくて立ち消えました。

■炭治郎について
冨岡のことは恩人以上の気持ちはなかったけれど、不器用ながら親身になってくれるし、損得勘定のない純粋な親切が、守る立場ばかりだった炭治郎にとっては新鮮だったのではないかと思っています。

炭治郎自身も冨岡のことは大切に思いつつも「これは恋なのか?本当に進んでいいのか?」と悩んでいたと思います。
そのため、櫛を渡すことを迷う描写を入れました。

炭義の間に流れる澄んだ愛情が、旅行を経て恋に昇華しかけたところで「それは若さゆえの勘違いです」と、大人の冨岡にポキッとやられた感じです。

匂いを嗅がなくても、言葉では拒絶されても。
櫛を渡した時の冨岡の顔を見て彼の本音は分かってしまったので、本作では、炭治郎もいつものとおり「役割を背負う自分を受け入れる」という最後にしました。

関係は変化せず継続という距離感なので、本作の炭治郎は、これからもどんどん顔を見に来るし、手紙も書くし、子供も見せに冨岡の元を訪れます。

■よもやま話
>冒頭漫画の白樺について

冒頭の漫画3Pめに、塩尻駅ホームと車窓の白樺を描きましたが、順序が逆になってしまったことを後悔しています…。
東京方面から長野へ来るのなら先に白樺の風景、その後に塩尻駅…だと思います。
書き直す気力がなかったのでそのままになりました。未熟でごめん。

>銭湯の外観について
当時、鉄道の普及に伴い、駅前旅館などが建設されたそうです。
(藪原の宿泊先は駅前旅館をイメージしました)
新しい旅館には風呂などもあったでしょうが、塩尻宿の宿は江戸時代からのものをイメージしているので風呂がない設定にしました。

本作で描いた銭湯は、京都府舞鶴市(西舞鶴)にある「若の湯」をモデルにしています(明治時代開業)
北海道フェリー旅の際に入湯しました。レトロでとても素敵な銭湯です。
近くの茶又旅館も、歴史があるとても素敵な旅館です。

舞鶴市は”海の京都”と称され、「木曽路はすべて山の中である」―――の雰囲気と合わないとは思いましたが、銭湯資料が探せず、今回はそのまま採用しました。

>旭の滝について
大正時代はもしかしたら滝の水は枯れていたかもしれません
(平成25年頃に古文書をもとに再現したのだとか)

>おやきについて
長野のおやきが大好きなので、食べてほしいなと思いました。
当時だとおやきは「作業の合間の軽食」というような立ち位置で、観光土産・名物というものではなかったようです。
(炭治郎の人徳により)峠の茶屋で振る舞ってもらったという形で差し込みました。

余談ですが私は長野駅近くの西澤餅屋のおやきが大好きです。おいしい。
長野には山のごちそうがたくさんあるので、食を楽しむ描写をもっと入れたかったです。
蕎麦にくるみに栃の実にりんごにわさびにすんき漬に、あれもこれも…
塩尻のワインは明治時代から製造されていたようなので、ワイン(葡萄酒?)を嗜む二人とかも面白いかもしれませんね。

>木曽の名所
もっと木曽谷の自然や木曽路の名所を描きたかったんですが、如何せん画力も時間も足りませんでした。
寝覚の床、阿寺渓谷、木曽駒ケ岳、妻籠宿…有名なところでさえ見来訪です。

>旅程しかも徒歩(かち)
大昔の男性は「1日に約10里(40km)歩く」と想定して、「木曽路11宿 約23里(92㎞)」を「二泊三日で通り抜けること」とされていたそうです。
う~ん、なんて健脚。炭治郎と冨岡には余裕でしょうけれども…。

ふたたび余談ですが、岐阜県可児郡御嵩町の「中山道みたけ館」には長距離移動の際の旅の心得と知恵などの展示があって面白いです。
みみずを潰して塗る、とか…。
メメゾ~~~ヒョエ~~~!!(ゾワワ…)となりました。
現代医学の観点からはNO!と言われる民間治療も多そうです…笑

■さいごに
昔から創作志向は「夢(小説・絵)」のため、今回の参加をかなり悩みました。(背を押していただき激励もいただいた…)

本作は、私の中では炭義として制作しました。
一般的な炭義とは少し違うかもしれませんが、こうした二人の姿を描きたくて作った作品です。

旅行・まち歩きが趣味のため、なんてことない街中にいる炭義が見てみたいという欲望(?)も動機のひとつでした。
常に白昼夢を見ています(夢脳)

拙い作品ですが最後までご覧いただき、ありがとうございました。
本作を通して、炭義も旅した木曽路(中山道)に興味をもっていただけたら嬉しいです。


2026.08.30 ぷんこ
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